Gallery-X
1.都市風俗画巻
1.1
清明上河図
1.2
姑蘇繁華図
1.3
熈代勝覧
2.山水図巻
2.1 山水長巻
Home
Gallery-Ⅰ
Gallery-Ⅱ
Gallery-Ⅲ
Gallery-Ⅳ
Gallery-Ⅴ
Gallery-Ⅵ
Gallery-Ⅶ
Gallery-Ⅷ
-----
Gallery-IX
Gallery- X
Gallery-XI
Gallery-XII
Gallery-XIII
Gallery-XIV
Gallery-XV
Gallery-XVI
清明上河図
1.解説
北京 故宮博物院所蔵の「清明上河図」は、清明節(陰暦春分の日から15日めの節句、新暦4月5日頃)の季節の北宋の都、汴京(河南省開封)汴河両岸と城門内外の都市生活風景を描いた図巻である。
24.8×528
cm
の絹本に墨画淡彩で千六百四十三人の人物と二百八匹の動物の他に、車と船がそれぞれ二十あまり、各種の家屋が三十余棟描かれている。 跋に金 張著、元 楊準、明 呉寛など13家の題記、96方印がある。
北宋
末期ごろに制作されたものらしい。 当初は宮廷に献上され、宮廷に蔵されていたらしいが、図巻に付された跋、などによると、元代に民間に流出し、諸家の手を経た後、明代後半に宮廷に蔵されることになった。 その後、清末1931年に溥儀が長春宮廷東院図書楼へ持ち出したが、1945年の混乱により民間に流失した。 しかし、戦後人民解放軍により政府へ没収され、1950年東北博物館で発見され、北京故宮博物院に蔵された。
中国最高の傑作図巻と云われ、以降「清明上河図」は固有名詞というより普通名詞・画題になっており、現在約70点ほどの模倣作品がある。 また、特に中段にある“虹橋”は有名で、各時代、各所で描かれる画題になっている。
2.画家
作者は
張擇端
と言われるが、画巻内には作者名はなく、この画巻の後ろに付属している金時代の人・張著の跋から、そう伝聞されている。 以下がその跋全文である。
「翰林張擇端、字正道。東武の人也。幼くして読書し 京師に遊学す。後に絵事を学ぶ。本工其界画、尤も嗜んだのは、舟車市橋郭径別成家数也。向氏書画記を按ずると、 "西湖争標図", "清明上河図"が神品に入る。蔵する者、宜しく寶とせよ。大定丙午 清明后1日、燕山張著 跋」
張擇端という画家名自体はこの作品以外は知られていない。明時代後半に突然、有名になる。北宋末南宋初の宮廷画家トウ椿による画論・画人目録「画継」にも、画家として名がのっていない。それほど有名な人ではなかったようだ。
3.作品
3.1 作品全貌
作品は大きく三段に分けられる。
〔首段〕 郊外の風景 農村 旅人 駕篭の一行、荷を満載した船
〔中段〕 城外汴河の漕船 虹橋下の緊張した瞬間 群衆
〔後段〕 城門楼 城内の街道 大小の店 酒店本店 寺観 車馬や駱駝
1958年と1984年の間に修理を行ったといわれているが、首段には明らかな剥落と、誤修理の跡らしきものがみられる。
原本である北京故宮博物院の「清明上河図」の写真版は質が悪いため比較的良質な模本の図版を掲載した。
左の虹橋の図をクリックして出てきた画像の右下隅に現れる拡大マーク
をクリックすると画巻の全貌が見れます。
3.2 作品詳細
以下に図巻を8分割して掲載する。
画像をクリックすると、拡大します。
3.2.1
3.2.2
3.2.3
3.2.4
3.2.5
3.2.6
3.2.7
3.2.8
4.参考
多くの模倣本のうちで最も有名なのが、台北・故宮博物館の
院本清明上河図
である。 縦 35.6cm、 横 1152.8cmある。 この院本清明上河図は、清朝画院の陳枚・孫・金昆・戴洪・程志道などの五人の画家が、
乾隆元年(1736)
に合作完成した図巻で、各時代の模倣本を参照しながらそれぞれの長所を取り入れ、更に明清時代特有の風俗、例えば踏青(清明節に若草を踏みながら散策すること)・演劇などの娯楽活動を盛りこんだ。芝居や演劇・猿回し・大道芸・擂台(武術競技)など多くの豊富な情景が加えられ、宋代の古典的風俗は失われているが、明清時代(1368-1912)の風俗研究に必要不可欠な資料である。同時に、西洋絵画の影響を受け、道筋に並ぶ建物はみな透視画法によって描かれ、その中には西洋風の建築物も描かれている。色彩は鮮明で美しく、筆法は円熟し技術がすぐれ、界画の技法で描かれた橋と家屋、人物もみな細やかに緩みが無く描かれ、院画の中でも極めて優れた作品である。
左の題字をクリックして出てきた画像の右下隅に現れる拡大マーク
をクリックすると画巻の全貌が見れます。