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北斎漫画は1814年55歳のとき初編を出版、以降五年間に二編づつ十編まで出版。その後、間歇的に十四編までが出版され、没後1878年(明治11年)15編が出版された。 即ち、初編発行からなんと65年亘っている。 全15巻各30丁、計900頁(厳密に云うと絵の頁は836頁)に、約2600の図が描かれている。 絵柄ごとにカウントすると、巷説には、3500~3600点になると云われる。 各編は十二編以外は代赭色と薄鼠色の色版となっている。 また、各編とも初摺以降、何度も後摺が出版されている。
ここで"漫画”とは、北斎がつけた言葉らしく、初編の冒頭にある「半洲散人題す」と云う序文に
『喜怒哀楽の面にあらわれ、形にあふるる者は更なり。山川草木各々その性(特徴)あり。鳥獣虫魚みな其の神(心)有て、見て喜ぶべく、楽しむべき者あまたなれど、境(場所)かはり、時うつれば、即ちゆきぬ。若しその喜ぶべく楽しむべきものの、情形を、多歳の後、千里の外に傳えむと言せば、何を以ってかせんや。畫は傳神の具也。然れども其の畫、妙(巧妙)に入るにあらざれば、亦其の神を傳ふる事あたわず。北斎翁の畫におけるは、世の知る所也。今秋、翁たまたま西遊して我が府下(名古屋)に留り、月光亭墨仙と一見相得て、讙(よろこび)はなはだし。この頃、亭中に於て品物三百餘図をうつす。仙佛士女より初て鳥獣草木にいたるまで、そなはらざることなく、筆はぶいて神なせり。先近(現今)世の畫家、真をうつす者は必ず風致に乏しく、意を畫く者は或は検格(研覈)なし。その図する所、疎淡にして明整式あり、韻あり、物々皆生動せむと欲す。喜ぶべく楽しむべし。嗚呼、たれかよくこれに加えむ。真に畫を学ぶものの開手(入門編)となすべきかな。其の如く題するに漫画を以ってせるは、翁のみずからいへるなり。』
とあります。
即ち、"漫画”とは、今で云う"マンガ”ではなく、"漫(すず)ろに描く”、"漫然といろいろなものを描く” という意味のようである。 「筆にまかせてなんでも描く、いろんな風に自由に描く」ということ。 以前からある"戯画”という言葉を使わなかったのは、自由奔放ではあっても、別にふざけていないからである。 八編に「でぶ・やせ」ばっかりが絵手本になっているところがあるが、さすがに「狂画葛飾振」と書いてある。 しかし「狂画」であって、「ふざけた絵」ではない。多分、"狂歌があるなら狂画もあっていいだろう”というつもりであろう。
結果として、北斎が習得したあらゆる画技・画法を駆使し、彼が描きたかったものを描き尽くした絵の教本となっている。
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