3.6 画狂老人卍期(最晩年 1834~1849 75~90歳)


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錦絵
〔古典画〕
 「百人一首うばが絵説」 1835年出版 前北斎卍
   百人一首の歌意を乳母が分かりやすく絵で説明するというもの。 北斎最後の大錦判の揃物として企画出版されたが、三十一図で中断している。 理由は、版元の西村屋与八が版行途中で没落し、続いて出版を引き継いだ伊勢屋三次郎も、絵では歌意が分かり難い、などで不評であったためもあって、手を引いたらしい。 しかし、北斎は相当意欲をもっていたらしく、現存、版下絵が六十四図残っていると云われる。
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百人一首 うばがゑとき

〔団扇絵〕
「勝景奇覧」 1830-44年 前北斎卍筆
   本タイトルの団扇絵は八図しられている。 以下に五図を掲げる。
相州袖ヶ浦
信州諏訪湖
甲州湯村
上州榛名山
相州袖ヶ浦 信州諏訪湖 甲州湯村 上州榛名山
上州妙義山
上州妙義山 身延川

「鷹」 1835-36年 総房旅客 前北斎改画狂老人卍 印
     動物を描いた団扇絵として最晩年の作品。 
     落款に「総房旅客」とあるので、旅行中の作品らしい。
鷹

〔鳥瞰図〕
「唐土名所之絵」 1840年 
    総房旅客前北斎改画狂老人卍歳八十一 印  
    北斎最後の鳥瞰図。  
    広告によれば「詩文や中国の古典を読む時の
    参考にする」ためのものらしい。
唐土名所之絵

〔その他〕
 「地方測量之図」 1848年 応需齢八十九歳卍老人筆。 
     39.4 x 53.1 cm の大々版。

摺物
(煙管を吸う漁師図) 1835年 自画讃。 
      自画像ではないかと云われている。
煙管を吸う漁師図

絵本
「富嶽百景」 三巻本 刊行 初編:1834年、二編:1835年、三篇:不明(刊行がかなり遅れたらしい)
    富士の様々を題材にし、百二図が収められている。 以下に、その中から九図を掲げる。
初編 霧中の不二
二編 竹林の不二
二編 登龍の不二
初編 霧中の不二 二編 竹林の不二 二編 登龍の不二
初編 木枯の不二
二編 夕立の不二
二編 遠江山中の不二
初編 木枯の不二 二編 夕立の不二 二編 遠江山中の不二
初編 笠不二
二編 七橋一覧の不二
三編 瀧越えの不二 鳥越の不二
初編 笠不二 二編 七橋一覧の不二 三編 瀧越えの不二 鳥越の不二

「富嶽百景」各編の全丁を別ページに掲載する。
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富嶽百景 初編
富嶽百景 二編
富嶽百景 三編

〔武者4部作〕
「絵本魁」  三巻3冊    天保7年(1836)    葛飾畫狂老人(前北齋)畫
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「絵本武蔵鐙」 一巻  天保7年(1836)       画狂老人卍筆 
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「画本和漢葛飾振」 1835-6年    版下絵のみ現存。
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画本 和漢葛飾振

「画本和漢譽(繪本和漢譽)」   嘉永3年(1850)(没後出版)     画狂老人卍筆
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「絵本孝経」 二巻二冊  天保5年(1834)      前北齋卍老人画
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「絵本忠経」 一巻一冊   天保5年(1834)      高井蘭山解 葛飾前北齋畫
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「北斎画譜」  三巻本 1849年  没年での出版。
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北斎画譜 初編
北斎画譜 二編
北斎画譜 三編

絵手本
「諸職絵本 葛飾新鄙形」 一冊 天保7年(1836年) 前北斎為一改画狂老人卍
 絵師だけではなく様々な職人のための絵手本で、なかには 方眼による正確な家屋の描法や緻密な塔の図解などがある。
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「画本彩色通」 2巻 1848年
 北斎最後の絵手本。 従来の図様集といったものではなく、画技の具体的な方法について述べた教習書である。
絵具の調合、用法、動植物や文様の描法、泥絵、蜜陀絵、硝子絵、銅版画の腐食剤の製法、技法など、広範な解説をおこなったものである。 
初編の巻末の文によれば、おそらく二編以降も編を重ねる予定であったことがうかがわれ、今までに修得した作画への知識をすべて開陳する予定だったと思われる。

天井絵
 1840年代前半弟子であり後援者でもあった鴻山の招請で信州小布施に滞在した折、岩松院の天井画と町の祭屋台の天井画とを描いている。
祭屋台天井絵   1844年
 東町祭屋台天井絵  
    123.0 x 165.5 cm
鳳凰
 上町祭屋台天井絵
    123.o x 122.7 cm
女浪 男浪
八方睨大鳳凰図    岩松院本堂の大間天井絵   
   1848年  畳21畳分の大きさ。

   残っている下絵を右に掲げる。

肉筆画
「前北斎卍筆 肉筆画帖」 紙本十図一帖 1834-39年 
 肉筆画でありながら版元の西村屋与八から売り出されたという特殊な作品である。 天保大飢饉(1836年)の折、版元たちも休業状態の中で北斎が一計を案じ、肉筆画帖をいくつも描いて店先で売らせ、餓死を免れたとの古老の話も残っている。 しかし、大飢饉の前の時期に肉筆画帖発売の広告があるので、現存はこの一帖のみであるが複数の肉筆画帖が発売されたらしい。

肉筆画
春秋山水図 絹本双幅 1839年 画狂老人卍筆 齢八十
春秋山水図 絹本双幅 1839年 画狂老人卍筆 齢八十
西瓜図 絹本一幅 1839年 画狂老人卍筆 齢八十
若衆文案図 絹本一幅 1840年 画狂老人卍筆 齢八十一
若衆図 絹本一幅 1840年 画狂老人卍筆 齢八十一
春秋山水図 絹本双幅 西瓜図 若衆文案図 若衆図
富士を見る童子 1839
春日山鹿図 絹本一幅 1839年 画狂老人卍筆  齢八十歳
貴人と官女図 絹本 一幅 1839年 画狂老人卍筆 齢八十歳
富士を見る童子 春日山鹿図 貴人と官女図
田植図 絹本一幅 1943年 八十四老卍筆
弘法大師修法図 紙本一幅(150 x 240 cm) 1844-7年 無款
鬼法師図 絹本 1840-5年 無署名(絵巻の一部か?)
田植図 弘法大師修法図 鬼法師図
南瓜花群虫図 絹本一幅 1843年 八十四老卍筆
南瓜花群虫図 鳳凰図屏風
柳に烏図 絹本一幅 1841年 八十二叟 画狂老人卍筆
桜に鷲図 絹本一幅 1843年 八十四老卍筆
文昌星図 絹本一幅 1843年 八十四老卍筆 (文昌星は北斗七星の第一の星のこと、文学を司る神とされ、学士を志す者が尊崇した。江戸時代の和本に版元がこの図を魁星印として捺していた)
雪中張飛図 絹本一幅 1843年 齢八十四歳 画狂老人卍筆
鼠と小槌図 紙本一幅 1844年 画狂老人卍筆 齢八十五歳
柳に烏図 桜に鷲図 文昌星図 雪中張飛図 鼠と小槌図
月みる虎図 紙本一幅 1844年 八十五老卍筆
狐の嫁入り図 絹本一幅 1844年 画狂老人卍筆
鐘馗騎獅図 紙本一幅 1844年 画狂老人卍筆 齢八十五歳
龍図 1844年 画狂老人卍
羅漢図 紙本一幅 1846年 八十七老卍筆
月みる虎図 狐の嫁入り図 鐘馗騎獅図 龍図 羅漢図
双鶴図(合筆) 紙本一幅 1846年 画狂老人卍筆 八十二歳の大岡雲峰との合筆 右の鶴が北斎筆
柳に燕図 紙本一幅 1847年 八十八老卍筆
流水に鴨図 絹本一幅 1847年 齢八十八卍
紅葉に雁図 絹本一幅 1847年 八十八老卍筆
源三位頼政図 絹本一幅 1847年 八十八老人卍筆
双鶴図(合筆) 柳に燕図 流水に鴨図 紅葉に雁図 源三位頼政図
赤壁の曹操図 絹本一幅 1847年 八十八老卍筆
七面大明神応現図 紙本一幅 1847年 八十八老人卍敬筆 日蓮上人が身延山で説教を行った折七面山の美女(龍)が題目を唱えると、安らぎを与えると云ったと言う縁起を描いたもの
雷神図 紙本一幅 1847年 八十八老卍筆
赤壁の曹操図 七面大明神応現図 雷神図 神功皇后
八十三歳自画像 1842年 八十三歳八右衛門 北斎が41,2歳の頃描いた作品への質問に対する返信文
自画像 1842年 
八十三歳自画像 自画像
鬼図 紙本一幅 1848年6月 画狂老人卍筆 長崎に向かう門人の本間北曜に北斎から与えた図。
桃盗る猿図 絹本一幅 1848年 齢九十歳画狂老人卍筆
扇面散図 絹本一幅 1849年 九十老人卍筆
雪中虎図 絹本一幅 1849年 画狂老人卍筆 齢九十歳
鬼図 桃盗る猿図 扇面散図 雪中虎図
狐狸図 紙本双幅 1848年 卍老人筆 茂林寺の狸
狐狸図 紙本双幅 1848年 卍老人筆 狂言『吼噦』に登場する僧に化けた老狐
狐狸図 紙本双幅
漁樵問答図 絹本双幅 1849年 九十老人筆
漁樵問答図 絹本双幅 1849年 九十老人筆
富士越龍図 絹本一幅 1849年1月 九十老人卍筆
漁樵問答図 絹本双幅 李白観瀑図 富士越龍図

袱紗繪
獅子図袱紗 1844 北斎84歳
獅子図

日新除魔  1843年
1842年と1843年に除魔のために毎朝獅子または獅子舞の図を描いた。 描くと軒下に捨てたと云われるが、娘応為あるいは弟子が取っておいたと云われるものが 220図ほど知られている。 以下に、12図を示す。
二月二十八日 獅子図 六月二日 獅子舞図 十月十日 獅子図 十月十一日 獅子図
十月二十三日 獅子舞図 十月二十四日 獅子舞図 十月二十五日 獅子舞図 十一月五日 獅子舞図 霜月十三日 獅子舞図
霜月十八日 獅子舞図 霜月二十三日 獅子図 霜月二十五日 獅子舞図