ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ

Giovanni Battista Piranesi



1.略伝

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ(Giovanni Battista Pirannesi 1720年~1778年)は、ヴェネツィア共和国に生まれた。 兄にラテン語と古代文明を教えられ、また建築家の叔父に建築を学んだ。 

1740年ヴェネツィア大使に随行しバチカンへ行き、版画を学び、またナポリとエルコラーノの発掘を見たりした。
1743年、12点の「第1部 建築と遠近法」をローマで出版。 1744年ヴェネツィアに帰るが、すぐローマに戻る。
Self Portrate
1745年~1750年頃 135点の「ローマの景観」(Vedute di Roma), 4点の「グロテスキ」(Grotteschi)、14点の「牢獄の奇想」(Invenzioni capric de Carceri)、11点の「古代ローマの墳墓」(Camere sepolcrali) を出版する。
以後、古代の建築物の測量を続けながら、1748年には「共和制及び帝政初期のローマの遺跡」(Antichita Romane de Tempi della Republica, e de primi Imperatori)を出版。 

1752年庭師コルシーニ家の娘と結婚。 彼女の持参金を投資し,工房をつくる。 1756年 218点の「ローマの遺跡」(Le Antichita Romane)を出版。
1779Portrait of Giovanni Battista Piranesi by Pietro Labruzzi
1757年ロンドン考古学会名誉会員に選ばれる。  
1761年頃サン・ルカ・アカデミー会員に選出される。 「ローマの景観」や「想像による牢獄」(Carceri d Invenzione)と改題する「牢獄の奇想」を手直しして出版する。 以降、各種の遺構・遺跡関係の版画集の出版を行う。

1767年、教皇クレメンス13世より、金の拍車の騎士の称号を受ける。
1768年頃より、生涯を通じて手がける「古代の容器、燭台、墓標、棺、及び装飾品」の単品版画シリーズを開始する。

1778年11月、ローマの自宅で死去。 

1778年以降、ピラネージの作品は、家族と彼が作った工房によって出版され続ける。 息子フランチェスコは1799年パリに移住し、版画家として活動するとともに父の作品を再版する。 1835年頃 ピラネージの銅板は出版者に購入されるが、1839年枢機卿アントニオ・トスティが教皇グレゴリウス16世のために、ピラネージの銅板を購入し、最終的にローマに戻った。  

2.作品

ピラネージの版画集は、「ローマの景観」、「想像による建築と景観」、「想像による牢獄」などの作品群と、「ローマの遺跡」、「スピキオ家の墓所」、「古代神殿集」、「ローマの壮麗なる建築」、あるいは「古代の容器、燭台、墓標、棺、及び装飾品」などの絵画と云うより考古学論文の図版と云える作品群、および絵画、彫刻を模写し版刻した「イタリア画家集」、「古代彫刻」などの作品群より構成される。
以下には、第一の作品群と、第二の作品群より、以下の版画集を掲載する。
    
2.1 ローマの景観」   139点 (全 140点のうち)
2.2 「想像による建築と景観」 全 28点
2.3 「奇想 全  4点
2.4 「想像による牢獄 第二版 全 16点
2.5 ローマの遺跡」    87点 (全 262点のうち)
2.6 参考     8点

画像の上にマウスを置くと、タイトル、などが吹き出します。
なお、タイトルなどの訳は、東京大学付属図書館(総合図書館)のWeb Site〈Opere di Giovanni Battista Piranesi 〉 に記載されている翻訳を使わせて頂いた。
画像をクリックすると拡大します

2.1 ローマの景観  Vedute di Roma

第一巻は71点よりなり、第二巻は69点よりなるが、以下に 第一巻より70点を、第二巻より全69点を掲載する。

(1) 第一巻


『ローマの景観』扉
ローマとカンプス・マルティウスの地図,および索引とクレメンス14世〔Calcografiaでは13世と記載〕への献辞
ローマとカンプス・マルティウスの地図
サン・ピエトロ大聖堂およびその柱廊と広場

ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂およびその広場
ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂およびその広場,古代にはガイウスとネロのキルクス
ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂内部
ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂内部,後陣付近

ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂の外観〔後陣外部〕
コンスタンティヌス大帝によって建設されたサン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ大聖堂の景観
サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ大聖堂内部
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂の景観

サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂と広場の景観
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ広場に立つエジプトのオベリスク
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂内部
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂の正面

サンタ・マリア・マッジョ-レ大聖堂および両脇の建物
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂内部
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の後陣外観
サンタ・クローチェ・イン・ジェルザレンメ聖堂の正面

サン・ロレンツォ・フオリ・レ・ムーラ聖堂の景観
アッピウス街道[アッピア街道]沿いのサン・セバスティアーノ聖堂
コンスタンティヌス帝によって建設され,誤ってバックスの神殿と呼ばれたコンスタンティアの墓廟
ポポロ広場の景観

スペイン広場の景観
モンテ・カヴァッロ広場[クィリナーレ広場]の景観
モンテ・カヴァッロ広場[クィリナーレ広場]の景観
ピエトラ広場の税関

 ロトンダ広場の景観
ナヴォーナ広場の景観,その下にキルクス・アゴナリス
ナヴォーナ広場の景観,その下にキルクス・アゴナリス
トラヤヌス帝の記念柱付近の2つの教会,サンタ・マリア・ディ・ロレート教会およびサンティッシモ・ノーメ・ディ・マリア教会

トラヤヌス帝の記念柱
マルクス・アウレリウス帝の記念柱
広壮なトレヴィの泉,古代のウィルゴ水道
建築家ニコラ・サルヴィによるトレヴィの泉,古代のウィルゴ水道

 フェリーチェ水道
モンテ・アウレオ《ヤニクルム丘》にあるパオロ水道〔トラヤヌス水道を修復,再利用したもの〕の貯水槽
ファルネーゼ宮の景観
クィリナリス丘の教皇庁諮問法院

インノケンティウスのクリア
コルソ通り,フランス国王ルイ14世によって創設されたフランス・アカデミーの建物
ストッパーニ宮
クィリナリス丘のバルベリーニ宮, ベルニーニ卿の建築

オデスカルキ宮
サラリア門外のアレッサンドロ・アルバーニ枢機卿の別荘
パンフィーリ荘〔サン・パンクラツィオ門西方〕
ティヴォリにあるエステ荘

ユリウス水道の貯水槽の遺構〔セウェルス・アレクサンデルの泉水堂〕
ネロ帝の水道橋の遺構
アニオ・ノウス水道(新アニオ水道)およびクラウディウス水道の水道橋修復の際にティトゥス帝によって設けられた記念建造物(マッジョーレ門)
リペッタの船着き場

リーパ・グランデの船着き場
サンタンジェロ橋およびサンタンジェロ城《アエリウス橋およびハドリアヌス帝の墓廟》
ハドリアヌス帝の墓廟の景観(現在のサンタンジェロ城,背面)
 ローマより2マイルの距離にある,テヴェレ川《ティベリス川》に架かるモッレ橋《ムルウィウス橋》

サラリオ橋《サラリウス橋》
ティベリーナ島《ティベリス島》の景観
クロアカ・マクシマ[大下水溝]の排出口付近の古代の建造物
真実の口広場のキュベレ神殿〔実際はヘラクレス・ウィクトル神殿。最近まではウェスタ神殿と呼ばれていた。〕

フォルトゥナ・ウィリリス神殿〔実際はポルトゥヌス神殿〕
バックス神殿〔実際はヘロデス・アッティクスのトリオピウスの一部〕,現在のサントゥルバーノ・アッラ・カファレッラ教会
前出のディオニュソス神殿〔現在のサントゥルバーノ・アッラ・カファレッラ教会〕の内部
カメナエ神殿〔実際は,ヘロデス・アッティクスによって殺された妻アンニア・レギッリアの墓〕

エゲリアの泉水堂
古代都市コラのヘラクレス[ヘルクレス]神殿
ローマより5マイルの距離にある,アルバーノ街道沿いの通称サルス[健康]の神殿
ローマより5マイルの距離にある,フラスカーティ通り沿いのドミティアヌス帝の別荘内のクリュプトポルティクス[有蓋列柱廊]〔セッテ・バッシの別荘跡〕

ポルティクス・オクタウィアエ[オクタウィア回廊]のアトリウム
ポルティクス・オクタウィアエ[オクタウィア回廊]のアトリウムの内部


(2) 第二巻


『ローマの景観』扉
アグリッパのパンテオンの景観
パンテオンのプロナオス[前室]の内部
パンテオン,通称ロトンダ内部

パンテオン,通称ロトンダ内部
 ミネルウァ・メディカ[医神ミネルウァ]神殿
 サンタ・マリア・イン・アラチェリ[アラコエリ]教会に続く階段の見えるカンピドリオ
カンピドリオ広場

カピトリウム[カンピドリオ]の側面
カンポ・ヴァッチーノ《フォルム・ロマヌム》の景観
ユッピテル・トナンス[雷鳴神ユッピテル]神殿〔実際はウェスパシアヌス神殿〕
通称コンコルディア神殿〔実際はサトゥルヌス神殿〕

通称コンコルディア神殿〔実際はサトゥルヌス神殿〕のプロナオス[前室]の遺構
カンポ・ヴァッチーノ《フォルム・ロマヌム》の景観
古代フォルム・ロマヌム跡の景観
セプティミウス・セウェルス帝の凱旋門

カンポ・ヴァッチーノ《フォルム・ロマヌム》にあるアントニヌスとファウスティナ神殿
ネロ帝のドムス・アウレア[黄金宮殿]のタブリヌム[主室] 通称パクス[平和]神殿〔実際はマクセンティウス帝もしくはコンスタンティヌス帝のバシリカ〕
別方向から見た前出のドムス・アウレア(黄金宮殿)のタブリヌム(主室) 通称パクス(平和殿)
ネロ帝のドムス・アウレア[黄金宮殿]のトリクリニウム[食堂]〔実際はウェヌスとローマの神殿〕

セプティミウス・セウェルス帝の凱旋門
 ティトゥス帝の凱旋門
ティトゥス帝の凱旋門
通称ヤヌス神殿〔ヤヌスの四面門〕

コンスタンティヌス帝の凱旋門
ナポリ王国,ベネヴェント《ベネヴェントゥム》の〔トラヤヌス帝の〕記念門
ネルウァ帝のフォルム〔実際はアウグストゥス帝のフォルムの北東側壁の一部〕の遺構
ネルウァ帝のフォルム,もしくはフォルム・トランシトリウムの遺構

アンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオ
 アンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオ(鳥瞰図)
アンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオの内部
コンスタンティヌス帝の凱旋門およびアンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオ

アンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオの内部
マルケッルス劇場
円形闘技場用にドミティアヌス帝によって建設された猛獣格納所の上階,通称クリア・ホスティリア
アントニヌス帝の浴場〔カラカッラ帝の浴場〕の遺構

 アントニヌス帝の浴場〔カラカッラ帝の浴場〕の大広間の遺構またはクシュストゥス[列柱廊形式の遊歩廊]
ディオクレティアヌス帝の浴場の地上に見える部分
サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会の内部,古代のディオクレティアヌス帝の浴場の主要な広間
サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会にあるディオクレティアヌス帝の浴場の遺構

ティトゥス帝の浴場〔実際はトラヤヌス帝の浴場〕の景観
ティトゥス帝の浴場〔実際はトラヤヌス帝の浴場〕の2階部分
ガイウス・ケスティウスのピラミッド型の墓
ガイウス・ケスティウスのピラミッド型の墓

カエキリア・メテッラの墓
古代アッピウス街道[アッピア街道]沿いのリキニウス・ピソの墓〔現在はアウルス・ペルシウス・フラックスの墓とされている〕
カプアの門外にあるコノッキアと通称される古代の墓
アニオ川[アニエネ川]に架かるルカヌス橋[ルカーノ橋]

ルカヌス橋[ルカーノ橋]付近にあるティブル街道沿いのプラウティウス〔・ルカヌス〕家の墓
ティブル街道沿いの通称トッセ[咳]神殿〔実際は,共和政後期にさかのぼる別荘の一部が,紀元後4世紀に再建されたもの〕
通称トッセ[咳]神殿〔実際は,共和政後期にさかのぼる別荘の一部が,紀元後4世紀に再建されたもの〕
 ティヴォリ《ティブル》にあるマエケナスの別荘〔実際は,ヘルクレス・ウィクトル(勝利者ヘルクレス)の聖所〕

ティヴォリ《ティブル》にあるマエケナスの別荘〔実際は,ヘルクレス・ウィクトル(勝利者ヘルクレス)の聖所〕の内部
ティヴォリ《ティブル》にあるマエケナスの別荘〔実際は,ヘルクレス・ウィクトル(勝利者ヘルクレス)の聖所〕の内部
ティヴォリ《ティブル》にあるシビュッラの神殿〔円形神殿,ウェスタの神殿とも呼ばれる〕の景観
ティヴォリ《ティブル》にあるシビュッラの神殿〔円形神殿,ウェスタの神殿とも呼ばれる〕の別の景観

ティヴォリ《ティブル》にあるシビュッラの神殿〔円形神殿,ウェスタの神殿とも呼ばれる〕の別の景観
ティヴォリ《ティブル》の大滝
ティヴォリ《ティブル》の小滝
ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘内の近衛兵の陣営〔実際はポイキレ[彩色された列柱廊]〕

ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘内の近衛兵の陣営に属する一室〔実際は哲学者の間と通称される一室〕
ハドリアヌス帝の別荘にある通称黄金広場
ハドリアヌス帝の別荘にある,窓越しの太陽光により冬期に暖をとるためのヘリオカミヌス[採光部屋]
 ハドリアヌス帝の別荘の様々な部屋に通じる入口の広間〔通称小浴場の一部の八角形広間〕

ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘の兵舎〔通称プラエトリウム,実際は倉庫〕
ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘のカノプス神殿の遺構
 ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘のカノプス神殿の内部
ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘の彫刻陳列館〔実際は,通称大浴場の中心の広間〕

ティヴォリ《ティブル》にあるハドリアヌス帝の別荘の通称アポロ神殿


2.2 想像による建築と景観   di Architetture e Prospettive Inventate

全28点を掲載する。

『想像による建築と景観』扉
 2つの広い中庭に挟まれた彫刻の大ギャラリー
拷問具のある暗い牢獄
ある古代ローマ皇帝の墓廟
2つのアーチを支える円柱群,噴水と階段によって装飾された大きな中庭

マルクス・アグリッパの斑岩製石棺のある古代建築物の遺構
古代水道の遺構の前にある古代墓地の遺構
古代の祭壇およびその他の遺構
あるローマ皇帝によって建設された壮麗な橋,列柱廊およびアーチを伴う

古代ローマ風の大広間,彫像が置かれた壁龕および列柱がある
約100段の階段を有する古代のカピトリウム想像図
壮麗な建築によって装飾された階段
列柱廊のある宮殿の中庭

ある古代神殿の前室
ロッジャ[開廊]に囲まれた古代ローマの広場
ウェスタ神殿風の古代神殿想像図(1743年版刻)
古代ローマ皇帝にふさわしい威厳のある墓室の想像図

古代のアッピウス街道[アッピア街道]およびアルデア街道の想像図
パラエストラ[体育場]と劇場に通じる階段のある古代の浴場
古代のギュムナシウム[体育場]入口
古代のキルクス[競走場]および周辺の建造物

エジプトおよびギリシア風の学堂
凱旋橋
小舟が行き交う水上都市の一部
 宮殿のあるフォルムの周囲に広がる列柱廊

ある宮殿のアトリウムの想像図
エジプトおよびギリシア風建築の遺構
古代ローマ風の広大かつ壮麗な港の一部


2.3 奇想  I Capricci

全4点を掲載する。

奇想I。 骸骨や彫刻の断片など
奇想II。 ファウヌスの柱像,薄く描いた凱旋門,左手にはヤシの木やライオンの頭部など
奇想III。 蛇が巣食う墓の遺跡
奇想IV。  卵鏃文の枠の手前に煙の立ちのぼる香炉壷や棍棒,骸骨など


2.4 想像による牢獄  Tavole di Carceri d'Invenzione, seconda edizione
                (1761, 16 stampe)

全16点を掲載する。

『想像による牢獄』扉
罪人を拷問に掛ける2人の処刑人
鉄格子のはまった大きな窓がある支柱
浮彫りのあるフリーズを持つ拱門

ライオンや様々な人物像の高浮彫り
白煙を取り囲む小さな人物像
逆光で描かれた掛け橋と跳ね橋
大きなアーチへと折れ曲がって入り込む大階段

大きな半円空間を支える巨石積みの扉口
大きな持ち送りの上に縛られた罪人たち
大きな角石材が据えられたアーチの上にある4つの監視所
階段と,鉄格子のはまった3つのアーチを持つ壇

梁材が差し渡われている大きなアーチ
多様な構造と配置による荘重なアーチ
人物像の浅浮彫りと輪のついた4つの仮面によって装飾された低い支柱
壁龕の中に2つの頭部があり,「不敬と悪業ゆえに」という碑文の彫られた石碑


2.5 ローマの遺跡  Le Antichita Romane

全4巻構成。 第一巻:78点、第二巻:64点、第三巻:55点、第四巻:65点 よりなるが、考古学的図版が多数あるため、第一巻:52点、第二巻:14点、第三巻:15点、第四巻:6点を抜粋し、計 87点を掲載する。

(1) 第一巻


息子フランチェスコ・ピラネージによる,ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの肖像 〔1779年〕
第1巻『ローマの古代建築物の遺構』扉,スウェーデン王グスタフ3世への献辞
都市ローマの地図
カストレンセ円形闘技場

ウィルゴ水道
マルクス・アウレリウス帝の記念柱
アントニヌス・ピウス神殿の神室を囲んでいた列柱廊〔実際はハドリアヌス神殿〕(ピエトラ広場)
ユトゥルナ神殿〔ラルゴ・アルジェンティーナの共和政期の神殿の一つ〕のコリントス式柱頭を有する7本の円柱

パンテオン
パンテオンのプロナオス[前室]
パンテオンの内部
クィリナリス丘の裾を囲む控壁,サッルスティウスの邸宅および浴場など

ミネルウァ・メディカ[医神ミネルウァ]神殿〔実際はリキニウスの別荘庭園のニュンファエウム(泉水堂)〕
クラウディウス水道およびアニオ・ノウス水道[新アニオ水道]の貯水槽
スペス・ウェトゥス神殿の遺構
サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》にあるカザーリの葡萄畑で発見された墓所

アッピウス街道[アッピア街道]をまたぐアントニヌス水道
マルクス・アエミリウス・レピドゥスとプブリウス・アエミリウス・パウッルス〔実際はルキウス・アエミリウス・パウッルス〕のポルティクス・アエミリア[アエミリウス回廊]の遺構
ロット橋《アエミリウス橋》
ニッコロ・ディ・リエンツォ[コーラ・ディ・リエンツォ]の家〔クレシェンツィ一族の家〕の遺構

フォルム・ボアリウムにある二基のステルティニウス門のひとつ(ヤヌスの四面門)
キュベレ神殿〔実際はヘラクレス・ウィクトル神殿。最近まではウェスタ神殿と呼ばれていた〕の遺構
アウェンティヌス丘裾にある通称マルモラタ通り沿いの建物の遺構〔サン・ラッザーロのアーチを含むポルティクスの遺構〕
アウェンティヌス丘を行くクラウディウス水道の水道橋の終点

ネロ帝のニュンファエウム[泉水堂]〔実際は,クラウディウス神殿の東壁〕が上にあるカエリウス丘裾の壁
 カエリウス丘にあるネロ帝の水道橋の終点
 クラウディウス水道の支流であるネロ帝の水道橋に取り込まれた執政官ドラベッラとシラヌスの記念門
サント・ステファノ・ロトンド教会の内部

ユリウス水道の第一貯水槽の遺構
ガッリエヌス帝の記念門
ティトゥス帝の浴場の遺構〔実際はトラヤヌス帝の浴場〕
 ディオクレティアヌス帝とマクシミアヌス帝の浴場の遺構

 トラヤヌス帝のフォルムの列柱廊の2階部分〔実際はトラヤヌス帝の市場〕
 トラヤヌス帝の記念柱
ネルウァ帝のフォルムの遺構ほか〔実際はアウグストゥス帝のフォルム〕
ネルウァ帝のフォルム,もしくはフォルム・トランシトリウムの別の遺構,通称コロンナッチェ[円柱]

アントニヌス帝と皇妃ファウスティナの神殿の遺構の側面
セウェルス帝とカラカッラ帝の凱旋門[セプティミウス・セウェルス帝の凱旋門]ほか
コンコルディア神殿の遺構〔実際はサトゥルヌス神殿〕
コンコルディア神殿の遺構〔実際はサトゥルヌス神殿〕

カストルとポッルクスの神殿[またはディオスクロイ神殿]の遺構
ネロ帝のドムス・アウレア[黄金宮殿]の遺構〔実際はマクセンティウス帝もしくはコンスタンティヌス帝のバシリカ,ほか〕
ティトゥス帝の凱旋門
 カエリウス丘とパラティヌス丘とを結ぶクラウディウス水道の水道橋の遺構

パラティヌス丘上にある皇帝宮殿の遺構
パラティヌス丘にあるネロ 帝の劇場〔実際は皇帝宮殿の南側の遺構〕
ネロ帝のドムス・アウレアのペリステュリウム[列柱中庭]の遺構〔実際はパラティヌス丘の通称スタディウム[競技場]もしくはヒッポドロムス[競馬場]に附随する遺構〕
コンスタンティヌス帝の凱旋門

 アンフィテアトルム・フラウィウム[フラウィウスの円形闘技場],通称コロッセオ
アンフィテアトルム・フラウィウム[コロッセオ]内部の遺構
フォルム・ロマヌムの地図
カピトリヌス丘の地図,カピトリヌス丘両側にそびえる岩山の眺め

(2) 第二巻


 第2巻『ローマおよびその周辺における墓地の遺跡』扉
第2巻中扉 ー カペナ門から2マイルの距離にある古代のアッピウス街道とアルデア街道の分岐点の景観〔想像図〕
ルキウス・アッルンティウスの一家の墓所の入口の景観
 別方向から見たルキウス・アッルンティウスの一家の墓所の景観

 〔別の〕墓所  ルキウス・アッルンティウスの一家の墓所付近にある
 コンスタンティアの墓廟内部のアーチを支える円柱と,その柱頭,アーキトレーヴ,フリーズおよびコーニス
サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》外にあるスキピオ家のものとされる墓]〔実際は,ドミティアヌス帝の解放奴隷フラウィウス・アバスカントゥスの妻プリシッラの墓〕
ルカヌス橋[ルカーノ橋]付近の葡萄畑にある古代の墓の景観

 アウグストゥス一族のものとされる三大墓室の外観
アウグストゥス一族のものとされる三大墓室の一室の内観
サン・セバスティアーノ教会の向かいにある墓の内部
サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》外のアッピウス街道沿いにある墓の景観

 サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》にあるカザーリの葡萄畑で発見された墓地の内部
マッジョーレ門《プラエネステ門》外のトッレ・デッリ・スキアヴィ付近に位置する壮麗な埋葬所の遺構

(3) 第三巻


第3巻『ローマおよびその周辺における墓地の遺跡』扉
 第3巻中扉,あるキルクスとその付近のモニュメントの想像図
地上に見える古代の火葬場および関連する建物の遺構
 サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》から5マイルの距離にあるアッピウス街道[アッピア街道]沿いの墓群

アルバーノにあるクリアティウス三兄弟の墓
 ティブル街道沿いのルカヌス橋[ルカーノ橋]付近にあるプラウティウス家の墓の遺構
 ポポロ門《フラミニウス門》外のカッシウス街道沿いにある通称ネロの墓〔実際はプブリウス・ウィビウス・マリアヌスの石棺〕
サン・セバスティアーノ門《アッピウス門》から5マイル離れた,アッピウス街道沿いのカザーレ・サンタ・マリア・ヌオヴァにあるメテッルス家の墓の遺構

 ラビキ街道[ラビカナ街道]沿いにあるコンスタンティヌス帝の母ヘレナの墓廟の景観
 ヘレナの墓廟において発見され,現在〔当時〕サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂にある斑岩製石棺およびその蓋〔現在,ヴァティカン博物館蔵〕
 前出のアウグストゥス家の〔リウィアの〕解放奴隷および奴隷たちの墓所の景観
前出のアウグストゥス家の〔リウィアの〕解放奴隷および奴隷たちの墓の景観(アントニオ・ブオナミチ図案,ジロラモ・ロッシ版刻)

 前出のアウグストゥス家の〔リウィアの〕解放奴隷および奴隷たちの墓所に隣接する墓の内部
 ガイウス・ケスティウスのピラミッド型の墓
カエキリア・メテッラの墓の背面

(4) 第四巻


 第4巻『ローマにおける古代の橋,劇場,列柱廊などの遺構』扉
第4巻中扉〔古代ローマの港の想像図〕
ハドリアヌス帝によって建設された橋および墓廟[サンタンジェロ城]の景観
ハドリアヌス帝の墓廟[サンタンジェロ城]側から見たサンタンジェロ橋《アエリウス橋》の景観

ファブリキウス橋,別名クァットロ・カーピ[四つ頭]の景観
ケスティウス橋


2.6 参考

冒頭で述べた絵画と云うより考古学論文の図版と云える作品を「ローマの遺跡」から 4点、ならびに絵画、彫刻を模写し版刻した作品として「イタリア画家集」、「古代彫刻」よりそれぞれ2点、を参考として掲載する。
水道橋の凝灰岩の切石およびその他の細部
アウレリアヌス帝の市壁のサン・ロレンツォ門およびその細部
マルケッルス劇場の観客席の断面図,元老院階級用通路で切断した部分
ある墓室の平面図および立面図

ミケランジェロによる『男性の創造』
ラファエッロの「変容」
 ディスコボロス〔円盤投げ選手〕
アリアドネ(現在ヴァティカン博物館蔵)


3.参考資料及びサイト

1.「Piranesi: The Complete Etchings (Klotz)」Luigi Ficacci、Giovanni Battista 共著、
     Taschen America Llc 発行
2.東京大学付属図書館(総合図書館)亀井文庫サイト: Opere di G. B. Piranesi