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月岡芳年 つきおか・よしとし 1839〜92 幕末から明治期前半に 活躍した浮世絵師。号に一魁斎(いっかいさい)、玉桜楼、大蘇(たいそ)などがある。
1850年(嘉永3)ごろ歌川国芳に入門し、浮世絵制作をはじめる。66年(慶応2)に同じ国芳門下の落合芳幾(よしいく)との合作「英名二十八衆句」、ついで68年(明治元)に「魁題百撰相(かいだいひゃくせんそう)」を発表し、人気をえる。両シリーズをはじめとして、凄惨な殺戮場面や残酷なシーンを含んだ錦絵を多く描き、それらは血みどろ絵と呼ばれた。明治期になってからは新聞などに活躍の場を広げ、75年に発刊した「郵便報知新聞」に錦絵新聞を発表したほか、86年に戯作者の条野伝平(採菊)らがつくった「やまと新聞」では付録の「近世人物誌」を描いた。
幕末から明治にかけての不安定な社会情勢と持ち前の鋭敏な感受性のため、1872年ごろから神経症をわずらい、やがて精神に異常をきたして病没した。水野年方、右田年英ら、弟子は数多く、年方の門下からはさらに鏑木清方、池田蕉園が出るなど、その一門から明治を代表する浮世絵系の日本画家が輩出している。
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