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3.3 書画会と席画 |
3.4 本画と下絵 |
3.5 人物像 |
| 曾孫娘の河鍋楠美の『曾祖父暁斎』によると、「一見豪放磊落にもみえるが、実際はむしろ繊細で臆病な小心者だったのではないかと思う。 その裏返しに飲酒して、様々な抑制から開放されて大胆になり、しまいには活力が出過ぎる、といったタイプであろう。」と書いている。 飯島虚心著『河鍋暁斎翁伝』によると、暁斎の性質は、「僕質にして頗る倫理に厚し。 能く父兄に仕え、特に母に孝行なり」といい、また先師前村洞和や狩野陳信の恩義を忘れず、両師の画像を仏壇に掛けて朝夕再拝した。 そして憐憫の情厚く、貧しい人を憐れみ、事物を感じて落涙することもしばしばあったと云う。 ![]() また暁斎は信仰心も厚く、特に観音信仰があったようで、晩年には日課観音あるいは日課天神の像を毎日描いた。 描きためると浅草寺や上野護国院、あるいは知恩院や平河天満宮などへ奉納したといわれる。 暁斎の生きた時代は、文明開化の到来により、新しいものが次々に流入してきた時代で、暁斎はそれらをいち早く研究し、取り入れて描いた。 実際に、暁斎が集めた外国資料のスクラップ帳が残っており、西洋の文物を研究したことや、暁斎の進取の気性を如実に示している。 外国人との交流も盛んで、当時の多の画家と比べて類を見ない。 しかも外国人を対等に遇し、卑屈なところが見られない。 |
4.参考資料 |
| ・芳賀 徹、他 編集「河鍋暁斎画集」(全三巻) 1994年11月4日 六耀社 | ||
| ・ジョサイア・コンドル著 山口静一訳「河鍋暁斎」 2006年4月14日 岩波書店 (原書:Josiah Conder 「Paintings and Studies by Kawanabe Kyosai」) |
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| ・別冊太陽「河鍋暁斎」安村敏信監修 2008年5月4日 平凡社 | ||
| ・「河鍋暁斎と幕末明治の書画会」 成田山書道美術館・河鍋暁斎記念美術館 編 2008年1月1日 発行 思文閣出版 |
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| ・「暁斎妖怪百景」 1998年7月10日 京極夏彦・多田克己編 国書刊行会 | ||
| ・「特別展覧会 絵画の冒険者 暁斎」 2008年4月~5月 京都国立博物館 | ||
| 及川 茂著「最後の浮世絵師 河鍋暁斎と反骨の美学」 1998年12月25日 日本放送出版協会 |