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マイクロ・フォーサーズ方式のパナソニックのLumixーG1 が先月末発売された。 気になって仕方がない。
どうも私は“写真”を撮るためのカメラに関心があると言うより、カメラと言う物・メカに関心があるようだ。 なにしろ、現有のLUMIX DMC-FZ50というカメラでは、買ってから2回撮った後、もう2年近く写真らしい写真を撮っていない。 それにも拘わらず、また、新しいのが欲しくなったのである。 なぜか? “写真”を撮る道具としてではなく、カメラという“メカ”に興味がある、としか言いようがない。
確かに昔からカメラには興味があった。 高校の頃、NIKON S2を、大学の頃、NIKON F を使っていた。
しかし、その頃はちゃんと“写真”を撮っていた。 S2の頃は白黒で、寺院、仏像、庭園を撮っていた。 現像、引伸しを自分でやっていた。 Fの頃は、カラー・ポジで撮ることが多くなった。
大学1年の夏には、奈良、飛鳥に1週間近く泊まり込みで、写真撮りに行ったことがある。真夏であった。 真夏には観光客もいないだろう、写真撮りには絶好と思って、行った。 汗みどろになりながら、歩いた。 ほとんどの寺社仏閣を訪ねることができた。
今でも忘れないのは、東大寺・戒壇院を訪ねた時である。 庫裡を訪ねても、なかなか人が出てこない。しかし、数分待っていると、半裸のお坊様が出てきて、戒壇院の四天王像を見せて頂きたいとお願いすると、自由に見なさい、帰るときには声を掛けてくれ、とだけ言ってすぐ引き込んでしまった。
私は、一人で戒壇院に入った。 基壇の四隅に四天王像が配置されていた。 基壇の上にあがって、多分2時間以上いたと思う。 蝉の声だけ。 戒壇院の中は涼しかった。 四天王の中では廣目天のお顔が凄かった。 白黒フイルムで2本撮ったと思う。 薄暗かったが、フラッシュは持って行かなかったから、三脚を付けて撮った。 あの頃は ASA50か100の24枚撮りだったから、2本40枚以上撮ったのだろう。 あの時の2時間は忘れられない。
帰宅してから、十数本のフイルムを現像し、数十枚を引き伸したが、やはり廣目天像が会心の出来であった。 アサヒカメラなどの写真雑誌に投稿しようとしたが、自分だけのものにしておきたくて出さなかった。 学生時代は、自分の部屋にその写真を額に入れて掛けていた。 多分、あのフイルムはまだこの書斎のフイルムを入れた引出しの何処かにあると思うが、まだ探していない。 見たいようであり、見てがっかりするのではないかと、探す気が起こらない。
薬師寺では、東院堂の奥に、何体かの立像の左端に聖観世音菩薩像があった。 あの時は、東京の写真学校の学生3人が先に来ていて、だだっ広い板の間に腰を据えて写真を撮っていた。 彼等は専門家らしい口調で喋りながら、しかし真剣な顔をして写真を撮っていた。 私も板の間に上がり込んで、彼等の脇で遠慮しながら小くなって撮ったものだった。 あの3人は、写真家になったのだろうか、そして今は??
さて、現有のLUMIX DMC-FZ50にこれと言った不満があるわけではない。 LeicaブランドのDC VARIO-ELMARIT 35〜420mm(35mm換算)ズームレンズは殊の外気に入っている。 特に、インナーフォーカス方式なので、ズーミングしても鏡胴の長さが変わらないところが良い。 1010万画素ではあるが、四つ切り以上は伸ばさないから、充分。 撮る時は原則として昔ながらにアイレベル・ファインダーを使い、ディスプレイは使わない。 ファインダーはEVFであるが、高速移動するものを撮るわけでもなく、連写するわけでもないから、光学ファインダーより明るく使いやすい。
問題は、Lumix FZ50の後継機種が出なくなったことである。 あのハイエンド・コンデジのシリーズは、Panasonicの一眼レフへの参入、即ち Lumix
L シリーズの発売に合わせて廃止してしまった。 L シリーズは、でかくて何の魅力もなかった。 しかし、G1は極めて魅力的。 なにしろボディー・サイズは、幅、高さともFZ50より小さいのである!!!
ただ、交換レンズが未だ2本のみ。 来年春には、3本のレンズが出る予定であるが、FZ50の35〜420oに匹敵するレンズは出ない。 私が欲しいのは、一眼ではなく、“ハイエンド・コンデジ”なのだ。 レンズ交換はしたくない。 1本で済ませたい。 マイクロフォーサーズ・グループのオリンパスが出してくれるかも知れないが、どうなるかわからない。 また、マウント・アダプターで、フォーサーズ・レンズは使えるが、これでは、コンデジではない。
しばらくは静観するしかないが、いつまで耐えられるか??
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