無為庵主人の独り言

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2008年12月2日(火)
HP更新の再開
久しぶりに、我がHPのサーバーの管理ページを開いてみて、ちょっと驚いた。

一日平均500アクセス強あるようだ。 ページ・ビューの回数だから、人数とすれば十数人であろうとは思われるが、こんなにアクセスする人がいるとは考えてもいなかった。 
確かに、大体月に一度程度の頻度で、毎回異なる見知らぬ人から「無為庵乃書窓」をみたというメールを貰ってはいた。 「画家の名前で検索したら、このサイトに行き着いた」と言う方々だ。 時には、「アップされている画像を使わせて欲しい」
あるいは 「リンクを張らせて欲しい」とかと言った依頼も舞い込んでいた。

管理ページにあるアクセス分析を見てみると、直近三ヶ月のデータは各Gallaryがほぼ万遍なくアクセスされていることを示していた。 

また、我がサイトにリンクを張られているサイトが5,000強あると出ている。 リンク元サイトの内訳を見ると、同じサイトの異なるページから夫々張られている例が多いので、実質的には百サイト前後と思われるが、これも驚き。

もともと我がサイトは冒頭ページに書いたように、自分のために作ったもので、時々見たくなった画家の作品をアクセスして自分で楽しんでいた。 極く親しい友人には、こんなHPをつくって遊んでいるよ、とURLを伝えてはいたが、数人以外は頻度多くアクセスする人は思い至らない。 勿論、興味ある方々にはどうぞご覧下さい、という積もりではあったが、こんなにアクセスされているとは思ってなかった。 

眼がおかしくなったこの二月からは、自分でも見ることもなくなり、また更新もしなくなっていた。 しかし、このようにアクセスして頂ける方がいらっしゃるとなると、手術後ほぼ三ヶ月経って眼も安定してきたこともあり、そろそろHP更新を再開すべきかも知れないと思い始めた。 と云っても、目が疲れそうなので、来年早々から、再開、ということにしようと思っている。
2008年11月23日(日)
パソコンで古典を読む

最近パソコンで古典を読むのに嵌っている。 

元々は、目が悪くなったこの春から夏にかけて、このままでは、本が読めなくなるとの危機感から、パソコンの画面で文字を大きくして読めば、かなり救われるのではないかと考えたのが始まりである。

かって現役時代に海外出張が多かったのでいつも数冊の書籍を持って出かけていたが、出張が長びいたり、持って行った本が面白くなくなったりした場合に備えて、青空文庫のサイトからダウンロードした小説をノート・パソコンに入れて持って行っていた。
青空文庫は、著作権が切れた文学作品を有志が電子本化(青空文庫形式のテキスト化)したもので、没後50年以上経った著作に限られるが、現在7,600点以上の日本文学作品がアップされている。

青空文庫形式のテキストをパソコンで読むためには、ブック・リーダー・ソフトが必要であるが、いくつかのフリー・ソフトが公開されている。 現在もっとも気に入っているソフトは、「PageOne」と言うフリー・ソフトである。 フォント、色、文字間、行間、を始め種々のカストマイズが簡単にできる。

近代文学で、個人全集は持っているものの、文字が小さくて読み難いものから、再開した。 文字を大きくできるため、読み易い。 さらに、小生の卓上は2台のパソコン、その他で立錐の余地もない状況にあり、重いハードカバー本も手で持って読まなければならなかったが、パソコンで読む場合は、椅子に踏ん反りかえって、読める。 ページ繰りは、マウス、乃至はキーを押すだけで、楽なこと限りない。

しばらくしてから、近代文学だけではなく、古典が読みたくなった。 現役時代に、リタイヤーしてから読もうと、岩波の「新日本古典文学大系」を買っておいたが、なにしろ重く、文字が小さく、さらに注釈があるためそっちに気が取られて、なかなか本文に集中できず、リタイヤー後もあまり読んでいなかった。

青空文庫には古典がない。 それでネットで探してみた。 結構、あることがわかった。 しかし、問題はアップされているもののフォーマットが、純テキスト形式、乃至HTML形式で、且つ構成も、原文、訓読み文、ルビ、注釈、などの扱いが種々雑多である。 そもそも、その多くが学術研究用にアップされているので致し方ないとは思うものの、ちょっと私の読書用には適さない。
それで、ダウンロードしたテキストを、切り貼りして「ルビ付き訓読文」のみとした青空文庫形式にすることにした。 特に古典では、ルビがないと読みにくいが、青空文庫形式にルビを打ったものはなく、まずこの変換、あるいは追加が必須であった。 結構大変な作業であるが、読みながらできるので面白味もある。

今のところ、「万葉集」「古今和歌集」「和漢朗詠集」などの歌集類、「徒然草」「方丈記」などの随筆類、「土佐日記」「更級日記」などの日記類、「奥の細道」などの俳文集、「雨月物語」などの説話類、など数十点をダウンロードし、少しずつ変換作業を加えながら読み始めている。

また、「源氏物語」は原文で読む気力がないため、翻訳を読むことにした。 与謝野晶子訳が青空文庫にアップされているが、晶子節はどうも気に入らぬため、いろいろ探した。 そして、高千穂大学の渋谷栄一教授のアップされているのを入手できた。 癖のない素直な翻訳で、教授は著作権を主張されず、ダウンロードのみならず加工も自由とされている。 この翻訳は、特に青空文庫形式への変換を必要とせず、そのまま、ブック・リーダーで読める。 ありがたいことである。

今日は、「万葉集」巻三を変換、校正しながら、読んだ。 テキストは、水垣 久氏が鹿持雅澄『萬葉集古義』をテキスト化し、ネットにアップされていたものを底本としている。 しかし「萬葉集古義」は寛政期の土佐の独学研究者の著書なので、昨今の研究成果と比べると、やや不適切な解釈が多くみられる。 それで、岩波書店刊「新 日本古典文学大系」の佐竹昭広氏他の校注による「万葉集」を参考に、修正を加えている。 また、短歌を5,7,5,7,7の分かち書き、に修正して読みやすくし、漢字、ルビの修正を加えながら読んでいる。

2008年9月20日
白内障の手術をした

眼がおかしくなりボケ老人になって、3月以降半年もサイト更新はおろか、いろいろサボっていた。 

この5月の検診で、やっと9月に白内障の手術を受けることがきまり、先週一週間入院し、手術を受けてきた。 病院は、7年ほど前に新築されたさる大学の付属病院で、設備、看護体制、担当医師も良く、快適な入院生活。 無事左右の目の白内障の手術を終え、術後の経過も順調で、退院。

ただ、問題が2点。
1.
手術前の詳細検査で、左目に40%弱の視野欠落、残りの60%の視野にまだら模様の欠落があることが判明。 
この3月に発症したポスナーシュロスマン症候群により眼圧が高くなった時、視神経が圧迫され、破壊されていたのだそうだ。 あの時眼圧を下げる薬を投与したが、遅かったらしい。  視神経は一度破壊されると回復、再生は現代医学では不可能だそうで諦めるしかないとのこと。

左目が春から見え難くなっていたが、白内障の進行のせいと思い、手術をすれば良くなると期待していたが、いわゆる緑内障のせいだった。 40%近い視野欠落の自覚症状がなかったのは、欠落部分が左目の右視野であったため、右目の視野が補完していたためらしい。
  
白内障は人工レンズによる置換により明るくなったが、左目はやはり見難く、読書などで疲れるのは致し方ないと医者はのたまふ。

2.もう一つは、眼鏡の問題。
手術に際して、医者は置換した人工レンズの基本設計条件を「至近距離は眼鏡なし、中、遠距離は眼鏡を使用」としたと云う。 ただ個人差があり、なかなか設計通りにはいかないかも知れないが、そのときは至近距離用眼鏡(いわゆる老眼鏡)もして貰らいたいと言う。
  
現時点では、確かに新聞や本は裸眼で見えるが、かって老眼鏡では焦点距離が35~40cm 程度だったのが、現在は25cm 程度になってしまっており、眼鏡なしではどうしようもない。
  (この「独り言」も、PC Display に顔を近かづけて書いている)
  
問題は眼鏡を早く作らないと、至近距離でも問題、まして中距離以遠では全然見えない。 テレビも ピンボケ、階段はよく見えず、家の中ではなんとか生活できるが、外出は人に付き添ってもらわないと、不可能な状況。

ところが、医者は視力が安定するには、少なくとも3ヶ月は掛かるので、眼鏡は3ヶ月以降にせよと、言う。 しかし、この調子ではどうにもならないので、2~3回作り直しを覚悟で、眼鏡を作らざろう得ない。

来週には、眼鏡つくりをして、従来の生活に戻る予定。 ただ、当面本サイトのアップデイトは見送り、視力が落ち着いてからにするつもり。

2008年3月28日
眼がおかしくなり、ボケ老人になる。
昨年末当たりから眼がかすみ始めた。さらに、この2月に入り、特に左目のかすみがひどくなり、本を読もうとしても読みに難くなった。

これは白内障だなと思い、白内障ならば簡単な手術で良くなると聞いていたので、手術を受ければ良いと思い、3月になって病院に行った。 すると、医者曰く、「眼圧が異常に高い。白内障はほぼ間違いないが、緑内障の可能性もある。 まず、この眼圧の原因が判らないとなんともできない。」 と言う。 それから、眼圧を下げる薬をもらい、数回病院通いすることになった。

そして、先日 病名判明。「ポスナーシュロスマン症候群」とのこと。
医師はあまり説明してくれないが、ネットで調べてみると、緑内障の一種で、だいたい次のような病気らしい。発症原因不明で、青年から中年の男性に多く罹る病気。 主に片目に出る場合が多く、黒目の部分に炎症がおこり眼圧が急激に高くなり、視界がぼやけたり、頭痛や目痛、吐き気が発作的に出る病気で、年数回発症するケースが多い。 この眼圧が高くなった状態を放って置くと、視神経を圧迫し視野に異常が起こってきたり、いわゆる緑内障となる可能性があるらしい。 したがって、おかしくなったら、病院に行き、眼圧を下げる薬をもらうことが必要らしい。
医師は、この病気が貴方の年で発症することはない、もっと前から発症していたのではないか、と言うが、私には思い至らない。 どうも加齢による病気ではないようだ。

また、白内障は間違いない、とのことなので、本が読み難いので早く手術して欲しいと頼んだが、上記症候群の状況を見ながら手術を検討する必要がある、として、直ぐはやってくれそうない。 また、2ヵ月後に来るように云われ、手術はお預けとなってしまった。
私にとっては、"眼が命”の毎日なので、早く手術をして貰いたいのだが、何とも致し方がない。

なにしろ左眼のかすみがひどいので、読書、PCオペレーションは極めて疲れ、且つ困難に近い。
当面、PCオペはメール処理がせいぜいで、HP更新のような画像処理ソフトのオペは不可能。 また、読書もひかえざろう得ない状況に陥ってしまった。 

しばらくは「ボケ老人」になることにしました。
2008年2月2日
HPの更新

もう2月! 何もしていないのに月日の経つのがなんと速いこと! 年をとると”時間”の経つのが速くなるのは、いいこととは思うが、些か速過ぎる感がある。

昨年末には、2月からはHPの新Gallery(岩佐又兵衛を予定)開設の準備をする心積りでいた。ただ、気になっていた既Galleryの更新をやってから、とはじめたのが、予想以上に手が掛り、更新作業に少なくともあと2~3ヶ月は掛かりそうになってきた。

GalleryⅡ~Ⅴまでの開設のときには、サーバー容量の制限から、画家一人当たりの作品数を減らさざるを得ず、涙を呑んで絞った。しかし、アクセスする度に“あれ? あの作品がない!”ということが度重なったため、既Galleryの更新を始めたのであるが、やり始めると大変。
昨12月から始め、GalleryⅡはなんとか1月上旬に完了。 GalleryⅢを後回しにして、GalleryⅣに取り掛かると、既存の画像の画質にも不満が出てきて、画像の撮影し直しから始める始末になってしまった。 
現在「絵金」に取り掛かっているが、「河鍋暁斎」はもっと大変になりそう。

しかし、ご隠居さんには時間はたっぷりある。 ゆっくり、ぽつぽつ、やりましょう。

2007年12月11日
映画DVDコレクション
学生時代 映画好きで週何本も観ていたし、8mmではあったが友人と映画を撮ってみたりしていた。 社会人になっても、週末には新宿のアートシアターに通っていたが、仕事が忙しくなり、家庭を持ったりしてからは、映画とは疎遠になってしまった。

一時TV放映の映画で興味引かれるタイトルをビデオテープに録画したり、市販ビデオを購入したりしたが、中途半端に終わってしまった。 再開したのは、映画DVDで出始めてからではあるが、現役時代には見る時間がなく、数十本購入したに過ぎなかった。

リタイアーしてからは、最初WINNYで映画をダウンロードし、PCディスプレイで観ることをはじめた。1000本以上をためこんだが、PCディスプレイという画面の大きさの限界と、タイトルがアップロードしてくれる人次第ということで、本当に見たい映画はなかなか出てこないと云うことでこれも中断に至った。

                            ★★★

結局、DVDで見たい映画を集めるしかないと、3年ほど前から始めた。 現在、邦画:300本、洋画;350本、音楽DVD;50本、で700本以上になっている。 

タイトル選択は、キネマ旬報の年間ベストテン・リストを参考に、好きな監督の作品を中心に集めている。
キネ旬ベストテンは、戦前から続いているもので、毎年少しづつ入れ替わる50~60人の映画評論家、映画記者などが、毎年公開された映画から各自10本を1位から10位までウエイト付けして投票する方式で、投票された全タイトルが邦画、洋画、いずれも毎年100本内外が順位付けされてリスティングされる。 
ベストテンの10本だけで、戦後から今まででに邦画、洋画で計 1,200本にのぼっており、公開された本数は、多分この10倍以上、多分20,000本以上あると推測される。

このリストを参考に、インターネット上の映画データ・ベースでスタッフ、ストーリー、受賞暦、などを調べ、集めるタイトルを選定している。 とはいっても、どうしても好きな監督の作品は、順位に拘わらず集めてしまうし、好みではないジャンル、監督では、ベストテン上位に上がっていても、対象にしていない。

市販DVDは、最近ではほぼすべてがトール・ケース入りで、嵩をとる上に、タイトルが見難いので、すべて標準CDケース(1cm厚)に移し変え、背面にタイトル、監督名を印刷したラベルを貼り付けて、メディア棚に収容している。 

                            ★★★

自ら、DVDをコレクションする代わりに、レンタル・ショップでDVDを借りて見るという方法もあるが、手元において好きな時に好きなタイトルを見たいのと、レンタル・ショップではポピュラーなタイトルはあるが、良いタイトルは意外に少なく、所詮自分で購入するしかないということから、コレクションを始めた。
しかし、標準DVDでのコレクションは、もう時代遅れかもしれない。 ブルーレイDVDもコンテンツがかなり揃い始めているし、標準DVDはそろそろ末期に近ずきつつあるように思える。 

その上、このインターネット時代である。 既に2005年からNTTのBフレッツ向けの映像配信 「オンデマンドTV」が始まっており、2006年からはハイビジョン・サービスも開始している。 コンテンツはハイビジョンの1000本を含む8000本が視聴可能であり、かなりのコンテンツが定額で見放題でである。(ただし、ドラマ、アニメ、などが多く、映画は必ずしも多くない)

また、2007年11月からは、対応するテレビが必要であるが、「アクトビラ」サービスがスタートした。 これもハイビジョン対応である。当面は、コンテンツ数は1000本以下であるが、レンタル並みの料金となっている。

上記の状況にあっては、DVDというハード・メディアでのコレクションではなく、プロバイダーのサーバーから、好きな時に、好きな映画をアクセスして視聴するというのが、これからの姿かもしれない。 

しかし、コレクターの性と云うのか、ハードで持っていたいし、メディア棚をみながら、その日、その時の気分によって「あっ、これを見よう」という衝動的選択ができるのは、ハード・メディアが手元にあってこそである、と当分はコレクションを継続、増加させていく心算である。
2007年12月4日(火)
HP更新の再開

HPの更新をサボり始めてから、もう1年になる。 サボりだしたのは、一つには、ヤフー・オークションを始めたため、もう一つは映画DVDのコレクションを本格的に始めたために、結構時間を取られたことが理由に挙げられる。

ヤフオクでは毎月20~30点を出品し続けている。このため、その売り上げを原資に、従来以上に書籍購入ができるようになり、読書時間が増える結果になった。(蔵書を減らすことが目的のヤフオク出品が、却って蔵書を増やす結果に陥り、女房の機嫌はよろしくない。) さらに、 映画DVDを毎月10~20本のペースで増やしたため、当然それを見る時間が必要になった、と云うわけである。

そうは云っても、Gallery化したい画家・作品はいろいろ残っていることから、これ以上サボると、再起不能になりそうなので、ポチポチながら再開することにした。

ただ、再開当初をあまり重い作業にすると、挫けそうなので、既存Galleryのアップデートから始めることにした。

Gallery-X 「都市風俗画巻」で中国最高の傑作図巻と云われる《清明上河図》を採りあげたが、オリジナルの北京故宮博物院所蔵の図版は、良いものがなく、止むを得ず、修復後の写真版を「参考」としてアップした。

ところが最近ヤフー・オークションで模倣本の複製らしきものを取得した。 出品者は上海の骨董店で購入したと記していたが、絹本に印刷されて折本仕立てになっている。印刷は 日本の美術印刷の最高峰【二玄社】製作ではないかと思われるぐらい出来が良い。 
故宮博物院の修復前の写真版、修復後の写真版、及び有名な「呉子玉模本」版と子細に比較してみたが、少なくとも「呉子玉模本」よりオリジナルに近く、極めて良質な模本と思われる。
しかし、画巻の最後に付せられた張著の跋が、明らかに偽筆に変わっている。 ただ、故宮版の味気のない書体ではなく、こちらの方が明らかに達筆で味があるのが面白い。 また、巻頭に元末の《張孟頫》の篆書体の「清明上河図」という題字があるが、先の張著の跋の件から、これも偽書の可能性が高い。
さらに、画巻の寸法が80%ほどに縮小され、図の上部に、〔○州太守 楊○○〕の跋文がびっしり書かれている。

以上のように、オリジナルではないが、画巻の質としては故宮版の写真よりは、良質なので、これに入れ替えることにした。

しかし、しかし、ホームページ・ビルダーのオペレーションがまともにできない状況であることに愕然とする。一年の中断と老化の相乗の結果らしい。 今回は単純な画像の入れ替えのため何とか滞りなくすませることができた。 これからが、いささか心配。

2007年2月27日(火)
続・オークション 

Yahoo!オークションに嵌まって3ヶ月。 先週末までに購入:40件、売却:91件、出品中:22件となった。 

出品一件に当たって、アップまでのジョブは、写真撮影、その整形、商品説明文の作成、梱包後の重量・寸法の推定、各発送方式での発送料金表の作成、出値設定、サイトへのアップ作業。 落札後のジョブは、落札者への通知メール、住所・氏名・発送方法のメール受信、入金確認、梱包、郵便局での発送手続き、発送通知メール、評価の確認と評価書き込み。 以上の諸作業で、出品一件当たり、数時間は掛かっている。
直近の二ヶ月では、一日一件以上の出品ペースとなっており、正直言って、このペースでは毎日数時間がオークション処理に取られ、読書を始め、その他に掛ける時間が圧迫されており、長続づき出来そうもないと自覚した。 

それで、ペース・ダウンを図ることにし、まずは先週初めから出品作業を休止し、落札されたものの後処理のみに徹した結果、常時40件程度あった出品中件数が20件までに減った。
今週からは、従来の半分のペース、即ち 一日0.5件の出品ペースでやることにした。

ただペース・ダウンで問題なのは、一日0.5件のペースでは一年でたったの“180件”しか処理できないことである。 10年掛かっても、1800件に止まることになる。 

したがって、今後は、まず ネット・ダウンロードの普及に伴い、価値が低下する傾向が顕著な音楽CD(PCとiPodにバックアップしているため不要になった), あるいは家人では処理しにくい書籍、特に“書”関係の書籍、画集・画譜、初版本、を優先的に出品していくことにした。 こうしておけば、私が数年先に認知症になったり、病気になっても、或は死んでも、なんとか家人で処理が出来る状況をつくることができそうに思える。

2007年1月13日(土)
無為庵主人の昨今

昨年10月、Gallery XI 鉄斎をアップした後、Gallery Ⅰ~Ⅴ のなかで、狭いサーバー・スペースのため、作品数を絞らざるを得なかった画家に、あらためて独立Galleryを開設しようと準備を始めていた。

                          ★  ★  ★

ところが、女房から「私よりも貴方の方が先に死ぬことになるだろうが、そしたら貴方が書斎として使っている部屋を和室にリホームしたい。しかし、現在のように書籍が山のように置かれたままでは、書籍の処分だけでも、大変だ。そろそろ処分を始めて欲しい」と云われた。 
確かに、5年前に今の家を建て直したときに、書籍を数千冊処分したが、あの時は一軒の古書店ではなく、書籍のカテゴリー別に専門の古書店にリストを送り、買取を依頼した経緯があり、私が書店探し、リストつくり、複数の古書店との交渉、などに結構苦労していたのを横で見ていたため、まだボケていない今のうちに処理させておきたいらしい。

あらためて現在書棚に収まっている書籍を見直してみると、文学書の初版本、個人全集、近代歴史の研究書に近い書籍群、画集・画譜、など読み返す可能性のないものが結構あることを再認識させられた。

また、死んだ後、ブック・オフみたいな所に愛着ある書籍が二束三文で処分されたのでは惨めな気分がする。 出来れば、チャンとした古書店、或は個人のところに収まって欲しい。 図書館、学校に寄付するという方法もあるが、出来れば個人に持って貰いたい気がする。

それで、少しずつ適切に処分していくことが良いのかな、という気になり始めた。

                         ★  ★  ★

まずネットで有名なサイト「スーパー源氏」の〈書籍鑑定〉に幾つかのサンプルを出してみた。 しかし、結果は惨々たるもの。 5年前に経験してはいたものの、売値相場の2、3割ぐらい。まだ買値が付くのは良い方で、買値が付かないものも多発。

それで思いついたのが、ネット・オークション。 話は聞いていたが、アクセスしたことはなかった。ヤフー・オークションをアクセスして驚いた。 いやいや 凄い。 ありとあらゆるものがある。いわゆる古書は少ないが書籍も予想したより多い。 書籍の場合、落札値は古書店の買値と売値の中間値、というところ。古書店という中間流通を除いた当然の結果だ。

やってみる事にした。 しかし、結構ルールが複雑のように思えたので、ヤフー・オークションのマニュアル本を購入して、勉強してみる。 勉強しながら、サイトをアクセスしてみると、このサイト、本当によく出来ている。 元々は米国のサイトで改良に改良が重ねられた機能、GUI をベースにしてあるのだろうけれど、素晴らしい、感心する。

                         ★  ★  ★

出品するとき商品説明はHTMLで記述しなければならないが、幾つものフリーソフトがネットにアップされており、簡単にテキスト・ベースで記述すれば済んだり、各種の輸送手段での料金を提示しなければならないが、これも簡単に計算し、出品ページに埋め込めるフリーソフトがある。 また、オークションを管理するための各種のユティリティ・ソフトが、有償、無償で出ている。 さらに、個々の商品の相場を過去1年前まで、ヤオ・オクのみならず他のオークション・サイトでの実績値を検索できるサイトまである。

輸送手段については、郵便局での郵送方法が、定形外郵便、冊子郵便、EXPACK、ゆうパック、など各種あり、民間輸送会社も各々いわゆる宅急便以外に各種輸送手段を提供していることを、始めて知る。

加入手続きをする。 入札だけなら、極く簡単な手続きで終わるが、出品をする場合には、本人確認の手続きに時間が掛かる。 郵便配達人が本人確認をして、はじめて出品者の資格を得ることができる。出品詐欺が多発するための対策である。
また、各取引ごとに、原則として出品者、落札者が取引終了後、評価(5段階)するシステムになっており、これが出品者、落札者ごとに表示されるので、入札する場合に、その信頼度をチェックできる仕組みになっており、また出品する場合には評価の低い入札者の入札を制限することまでできる。

                         ★  ★  ★

書籍の前に、相場が比較的分かり易く、送付が簡単そうな映画DVDから始めることにした。 まず、入札し、落札し、出品者と連絡し、送付方法を決め、入金処理をし、送付して貰う、という一連のプロセスを幾つかやり、経験を積む。 次は、今までに買い込んでいたDVDを出品し、落札してもらい、落札者と連絡し、入金確認を行い、送付する。

DVDを20~30枚ほど出品したり、落札したりする。 面白い。 出品する際の最低落札価格の設定、入札するときの入札価格の設定、タイミング、など、なにしろ面白い。 DVDでは、その差は、せいぜい数百円、多くても千円レベルではあるが、出品、入札いずれの場合も、価格の設定はスリリングである。

DVDベースで約1ヶ月遊び、今年に入ってから、書籍を出品し始めた。 書籍ではオークションでは出ていないものが多いため、ネット上の「日本の古本屋」で相場を調べて、価格を設定する。 結構これが難しい。 「日本の古本屋」で調べてみると、同じ書籍が古本屋によって5倍ぐらい差があるケースがある。勿論、その古本の品質(汚れ具合、etc.)で売値が変わるのは当然であるが、それ以上の差異が見られる。多分、仕入れ時の値段、在庫期間、各店の専門度の相違からきているのだろう。 昔のように、地域密着型の時代は、顧客はその差が分からぬまま購入していたが、ネットで日本中の古本屋の出し値が簡単に検索できるようになると、古本屋家業も大変だろう、と同情してしまう。

ただ、DVDと違い書籍の場合、値付けの他に大変なのが2点ある。 出品するには、一般に商品説明のため写真を掲載する必要がある。大部の叢書、全集とか、重い画集の場合は、写真を撮るのが大変なのである。 書棚から取り出し、シンプルな背景のもとで見目良く撮影するのが一仕事である。 つぎは、輸送料金を提示するため、梱包した場合の寸法、重量を予測し、輸送手段、送料を提示しなければならない。 梱包してから測れば良いのだが、そんなことをしていると置き場所に困ってしまう。 これには結構経験とコツが必要なことが分かった。

出品のワン・サイクルに結構手間が掛かることから、我が書棚の書籍の多くををオークションに掛けるのには、かなりの月日が掛かりそう。 急がねば、先に自分が死んでしまうおそれが多分にある。

                         ★  ★  ★

というような状況で、この2ヶ月程はヤフー・オークションに掛かりきり、HPの新Galleryの準備どころか、読書の時間まで大幅に減ってしまった。 この調子では、当面新Gllery開設はお預けである。

2006年10月15日(日)
「Gallery - XI 富岡鉄斎」をオープン

予定より2ヶ月弱遅れでやっとオープンにこぎつけた。 いろんなことにとりまぐれ、なかなか集中できなかったのと、なによりも『賛文』の入力に手数が掛かったのが、遅れた主原因である。 鉄斎自身が「私の画を見て下さるなら、第一に画賛から読んで貰いたい」と言っているし、なにしろ賛文を理解しないと、何を描いているのか分からない、というのが鉄斎の作品である。 

当初から賛文は入力すると決めてスタートしたのだが、問題は〈漢字〉の入力。 かな漢字変換では出て来ない文字が頻出。 IMEの手書きパッドで文字探し。 これが一番手間が掛かり、遅れた要因。

鉄斎は、いままでGallery化してきた画家たちと異なり、「自分は儒者だ、画家ではない」と本人も言っているように、いわゆる画家ではない。 画で飯を食ってきてはいるが、終生 文人として生きてきたようだ。

私が鉄斎に深入りし始めたのは、学生時代に、正宗白鳥の弟で、二科展の創立会員でもあった正宗得三郎編集の「鉄斎」を見てからである。 どこに惹かれたのかは今もって曖昧ではあるが、見ていて落ち着くと言うか、へんな緊張感を押し付けないところが、気に入ったようだ。 いわゆる文人画の魅力といってもいいかもしれない。 蕭白などとは全く正反対の位置にある。

2006年5月25日(木)
「Gallery-X 図巻の世界」を開設、『無為庵主人のフォト・ダイアリー』の新設

「Gallery-X」をオープンすることにした。 まだ、参考図巻が工事中であるが、一応自分では5月中にオープンする予定であったため、オープンした次第。 なお、当初は大観の「生々流転」を加えるつもりであったが、著作権問題を考えると不可能とわかり、諦めた。

実は、この5月中旬、デジカメを衝動買いしてしまい、それで遊んでいて、なかなかGalleryの制作に頭が回らなくなり、今日に至ったのが真相である。 衝動買いの経緯、ならびに今後デジカメ利用については新設『無為庵主人のフォト・ダイアリー』に記す事にする。

2006年3月15日(水)
「Gallery-IX 曾我蕭白の世界」を開設

「Gallery-IX 曾我蕭白の世界」をオープンした。 蕭白の作品は屏風、襖絵、など大型のものが大半を占め、また大判にかかわらず米粒のような微細な描き込みがあり、さらにどぎついまでの色彩表現が、特徴である。 これをPCのディスプレイ上で再現する事はちょっと無鉄砲とは思ったが挑戦してみた。

作品の画像化にあたって、従来とは異なり、かなり手数が掛かった。 特に、大型作品をPC上で見るためには、結局Window画面の2倍以上に拡大しなければ、蕭白の意図するところが見えないことがはっきりした。 このため、一作品を2分割~8分割した複数画面として撮影し、これをPC上で合成し、これを縮小画像にする、というプロセスでなんとか、私のデジカメの性能限界(4M画素)を克服することにした。 さらに、あのどぎつい色彩を再現するために従来以上の手間と根気を必要とした。 結果はまあまあと思っている。

2006年2月1日(水)

「北斎の世界」をアップしたのち、少し他のギャラリーのメンテをしてから「曽我蕭白」に掛かろうとしていた。しかし、「ギャラリー I 」のメンテを始めると、これを作っていたころはサーバー・スペースを気にしながら、掲載したい碑帖、法帖の幾つかを諦めていたことに気づかされた。 また、画質も気になる。
考えれば限ないのだが、落ち着かない。 “「蕭白」は逃げない”として、しばらく「ギャラリー I 」の充足に掛かることにする。

2006年1月23日(月)
ギャラリー「北斎」の開設

やっと「北斎」をオープンにこぎつけた。 春画は別ギャラリーに後刻掲載するつもりだが、それを除いても掲載作品は1,100図強になってしまった。
作品を時期別、ジャンル別に整理してみて、あらためて北斎の凄さを見せ付けられた感がある。特に、90歳の没年まで弛まぬ創作意欲には頭が下がる。

世の中は、ホリエモン・ショックとか、ヒューザーとかで騒がしいが、昨日は東京ではじめて雪が降り、10cmほど積もった。 世の中は種々移り変わるが、自然は、100年前、1000年前、と変わらず、端然と人間を見下ろしているようだ。

しばらく、既ギャラリーのメンテを行ったのち、「曽我蕭白」を3月末を目処にオープンすべく準備したい。

2005年12月6日(火)
ギャラリー「北斎」の作業開始

米国に転居し、読書と映画を見るという落ち着いた一週間を過ごしてきた。
今週からやっと次のギャラリー制作に付き構想を練り始めたが、床面積が約10倍になったことから、次々と欲が出てきた。ギャラリー「北斎」を数ヶ月前に作ろうと考えた時は、床面積をも考慮し「北斎漫画」に焦点を絞るつもりでいた。しかし、肉筆画もぜひ入れたい、錦絵も、ついにはどうせなら、その他を含め全分野を網羅したくなってきた。少なくとも床面積だけ考えれば、制約はない。あとは自分の作業量、根気だけの問題ある。

日本画家のギャラリーとしては、あと「鉄斎」と「蕭白」だけは少なくともつくりたいと考えている。前回書いた浮世絵で欠かせない春画についても、北斎のものを含めギャラリー「春画」をつくっておきたい。

ギャラリーとしては、現代画家および近代画家の一部のものは、著作権の問題でつくれそうにないから、パブリック・ドメインになっている中世、近世画家、とせいぜい明治、大正期の近代画家に限られるが、ギャラリー化したい作品がかなりある。最近はやりになっている複数の画家の混在展もよいかも知れない。

しかし、まずは「北斎」を。オープンは来年1月末あたりを目標にして作業開始といこう。

2005年11月27日(日)
転居完了

やっと転居作業を完了することが出来た。 といっても、移すことが完了したが、作業中にいろいろ出てきた懸案事項は山のように残っている。 これらをクリアーしてから、オープンするのでは何時になるか分からないので、移すことは出来たのだからオープンすることにした。
また、リンク切れ、リンク・ミスなどありそうだが、修正・改善の流れの中でやっていくことにする。

今までは、サーバーのデスク容量の制限を絶えず気にしながらつくっており、入れたい絵が有っても外さざるを得なかった。 しかし、これからは5GBと当面容量を気にしなくて良くなったので、今までのギャラリーにも追加をしていきたい。

次はギャラリー“北斎”を予定していたが、迷っている。 
先日、開催中の北斎展(於 東京国立博物館)を見に行った。 一応、HPで混み具合情報をチェックして、最も空いていると言う時間帯に行ったのだが、物凄い人並みで、とても見られる状況ではなく、ほうほうの態で退散。 確かに、海外の美術館から大量の作品を借り受けての滅多に実現できない展示(出展数:500点)ではあったが、あんなに混んでいてはどうしようもない。 特に、油絵、日本画と異なり、浮世絵、読本、絵手本など画面が小さいため、混雑するとほとんど鑑賞することは出来ない。数日前の新聞では、入場者数が20万人を越えたとの記事があった。豊かな時代になったのだとは思うが ??。
また、今回は、扇面画、下絵、を含めいろいろなジャンルの作品が集められていたが、春画、艶本の類が一切展示されていない。 浮世絵師を語る上で、春画を抜きにするのは、今の時代ではおかしい。 特に、北斎では春画を無視すべきではないと思う。

ということで、ギャラリー“北斎”にするか、いっそギャラリー“春画”をつくってしまうか、と迷っている。