無為庵主人の独り言

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2011年5月14日(土)
狩野一信 五百羅漢図

昨年11月末、来年は更新を再開するぞと決意表明をしたが、やはりズッコケ! 未だ何もしていない。

さて、GalleyーXII 狩野一信 五百羅漢図 を2009年4月にアップしたときは、増上寺本の画像は入手出来ず、東博本をつかったが、予て山下裕二明治学院大教授がブログなどで予告されていた増上寺本の全展示が東日本震災のため一ヶ月ほど遅れたものの、この4月末から江戸東京博物館ではじまった。 また小学館から豪華図録が出版された。 私個人は、東博本の方が好きだが、一信の本領は増上寺本にあることは間違いないので、 GalleryーXII を 増上寺本、東博本を併載した構成に更新しなければ、とは考えているが、未だ手が着かない。

まだ、作品追加、更新しなければならない既開設Galleryの画家、新規開設しなければと予定している画家、6,7人がお待ちになっている。 読書をひかえ、映画の視聴をほどほどにしないと、できないままに彼岸に行くことになってしまいそうである。
2010年11月30日(火)
怠惰な生活

この8月末にGallery更新の再開を宣言したのだが、あれから三ヶ月たつのに更新は皆無の状況。 読書とBlue-Rayによる映画の視聴。 読んだり、見たりのパッシブな生活から、今の私にとってはアクティブとも云える更新作業に入ることは、思っていたより容易ではない。 結局、この六ヶ月、更新作業をしていないことになる。  また、蔵書のYahoo Auction への出品も、一年以上していない。 蔵書は増えるばかりで、結局最期はブック・オフのお世話になりそう。

なお、我が「無為庵乃書窓」にアップした作品数を調べてところ、約11,600点になっているらしい。 最大は、GalleryーⅧ 「北斎」の2,950点。 つづいて、GalleryーⅣの「暁斎」、「芳年」の各々約1,100点がこれにつづく。 これだけの画像をアップしているが、サーバーのデスク使用量は、約7.7GB に収まっている。
画集、画譜だと 少なくとも数十冊になるものが、PCの前に座ったまま見ることができる。 HP化したことはよかったと思っている。

ついては、更新は来年に入ってから、と云うことになりそう。 いや、来年からになること必至。

2010年8月30日(月)
Gallery更新の再開
もう三ヶ月もサイトの更新を行っていない。 自分では“夏休み”と言っているが、サボっているのである。 この間、読書と映画に浸っていた。

実は二年半ほど前は映画DVDのコレクションを行っており、約1,200本ほどになっていたが、目がおかしくなった時から中断していた。 それがこの7月始めにDVD Recorder が故障したため、Blue-Ray Recorder を買う羽目になった。 使ってみると、やはりBlue-Ray(BD)は5倍の容量があるため、画質は格段に良い。 また、生のBlue-ray Disc が最近安くなってきており、国産メーカーの海外工場製をバルクで購入すると、120円/一枚になっていることを知り、BDでの映画コレクションを再開することになった。 
老い先短いのに、今からコレクション、と自分でもその馬鹿さ加減を笑いながらの再開である。 市販BD購入とBSハイビジョン放送のエアー・チェックのBD化の二本立てである。 この二ヶ月でなんともう90本を越してしまった。 一月45本である。 毎日一本見ても追いつかない。
そんな事情もあってサイト更新が中断していた次第。

さて、サイトの訪問者は、この8月のWEB LOG を分析すると、約1,300人/日、約40,000人/月。 国内の訪問者が85%、海外からの訪問者が15%で、海外は、中国、米国、仏国、伊国、台湾、カナダ、露国、韓国、英国、を始め35ヶ国から訪問されている。 また、約60%の訪問者がリピーターで、40%が新規訪問者である。

新規訪問者の多くは、Google,Yahoo,Bing などの検索から訪問されるが、無為庵乃書窓を引用、紹介された他の方のホーム・ページ、ブログ、ツイッター経由で来訪される方がふえている。 有名なブログで引用、紹介されると、アクセス数が数日の間 10倍以上あることがある。

最近は2通/月の頻度で、訪問者からメールを頂く。 国外の方からもメールが来る。 見た感想を寄せて下さる方、画像の使用を依頼される方、リンクを張りたいと言われる方、を始めいろいろある。 常連さんの数人の方とは、時々メールを往復させることもある。 これらは、ホーム・ページを維持している余録として楽しませて頂いている。

9月から、サイト更新を再開するつもり。 こう書かないと、再開する意志が崩れるのであえて書いた次第。
2010年5月31日(月)
「モンス・デジデリオ」の新規オープン
「モンス・デジデリオ Monsu Desiderio」を初めて知ったのは、20歳代後半にブリヨンの「幻想芸術」とホッケの「迷宮としての世界」を読んだときで、前者にはモノクロ写真2枚、カラー写真1枚、後者にはモノクロ写真5枚とカラー写真1枚(この本の表紙にもなっている)が載っていた。 モノクロ写真はいずれも小さい上に、画質が極めて悪く、カラー写真だけがまあまあと云うところであったが、私には気に掛かる画家となった。 以降、丸善、イエナ書房(今はもう無くなってしまった)、そして神保町の美術専門店で時々探したが、画集を手に入れることはできなかった。

やっと見つけたのは参考資料に挙げた谷川 渥氏による編集・解説の「モンス・デジデリオ画集」で2009年であった。 この画集は1995年に発刊されたものの復刊である。 初版が発刊されたときは、仕事に追われているときで、書店にもあまり行けず、ネットでの購入にも気が回らない時期であったので、購入するチャンスを逸したらしい。
その後、海外諸国のAmazon でも 探しつづけているが、内容説明が乏しく美術研究書なのか画集なのかが曖昧であったり、これはと思えるものは在庫なしの状況であったりで、未だ購入できずにいる。

当面よい画集が入手出来そうにないので、取りあえず「モンス・デジデリオ画集」から転載させて頂いた35点とネットで探した19点という乏しい点数であるが、Gallery開設に踏み切った。
2010年5月3日(月)
Gallery更新の今後

2月半ばの「北斎」更新から、「簫白」「暁斎」までの更新はなんとかできたが、そこで息切れ。 読書の谷に嵌り込んでなかなか抜け切れず。 所蔵本の再読にのめり込んでしまった。 面白いとなると同一作家を続けて読み通すことになり、欠けていると「Amazon」や「日本の古本屋」で購入してしまう。 この泥沼から抜け出ることは難しい。 

それで、《一冊以内/一日》と云う縛りを課して読書は容認した上で、一日数分でも良いからとHP更新の準備を進めることにした。 「北斎」への読本挿絵を追加する作業は、4月半ば過ぎ、やっと北斎期の主要読本7作品のアップを終えた。 しかし、北斎期の残り、戴斗期以降は後日にすることにした。

だが、GalleryーⅢの4人が開設当時のままで、その拡張工事が“未だ”の状態。 これを早く済ませねばならない。 

さらに、新規開設を待っている4人の画家。 中でも、Gallery化を始めてから、これこそと思いながら、手が着かないまま来た難物、
「岩佐又兵衛」。 浮世絵版画ではなく、《絵巻物》と《屏風》。 特に、《絵巻物》。 1作品数百メートルになる絵巻物が5作品あるが、良質の画譜がない。 いや作品によっては複製が出版されているが、一点数十万円もするので、購入する元気はない。 まあ、女房の顔が怖い、と云うこと。
また、画像が出来ても、数百メートルの作品をどのようにアップすればいいのか。 どうしても「部分」にならざるを得ないと思うが、どのように掲載すれば見易いのか。 《屏風》も同じ問題。 時々図譜を見ながら考えているが、未だよい案が浮かばない。

2010年2月14日(日)
Gallery - Ⅷ 「北斎」 の更新

Gallery - Ⅳ 「芳年」の追加をしながら、「北斎」の追加の準備を始めた。 以前から少しずつ整理をしていたが、前々から気になっていた「百人一首うばがえとき」の未刊の下絵を見始めて、あらためて北斎の凄さを再認識した。 

錦絵や、肉筆画では、色に気を取られて、つい線の美しさ、構図の見事さを見過ごしてきたように思われた。 左図の下絵の面白さ!!

 (クリックすると拡大します)


北斎は黄表紙、読本に大量の挿絵を描いているが、モノクロ画は北斎漫画、富嶽百景、北斎画譜で代表されると思い込み、挿絵にはあまり深い関心を持たず、本サイトにもほんの数例しか掲載してこなかった。

  しかし、百人一首の下絵を見ている内に、あらためて黄表紙、読本の挿絵を見直す気になった。 
右図の「新編水滸画伝」の挿絵の凄さ!!!

北斎が挿絵を描いた黄表紙、読本は数十種類ある。 その挿絵の数は膨大である。 整理してアップしようと準備を始めたが、今回の更新は摺物、錦絵、肉筆画の追加を主眼とし、数種類の黄表紙、読本に止めた。 あの「椿説弓張月」、「新編水滸画伝」は次回の更新にゆずることにした。

2009年11月14日(土)
Gallery更新と蔵書管理
やっとGallery-Ⅴの第二期工事-拡張整備を完了した。 Gallery-Ⅴは2005年7月にオープンしたが、サーバー・スペースの増加に伴い、2007年末頃から拡張整備を始めた。 各画家別展示室を少しずつ拡張整備したわけだが、新Gallery開設やら、他Galleryの第二期工事を並列に進めたので、結局終えるのに2年も掛かってしまった。

これでGallery-Ⅰ、Ⅱ、Ⅳ、Ⅴの各展示室の第二期工事は一応完了したことになるが、Gallery-Ⅴよりオープンは早いのに、Gallery-Ⅲは、第二期工事は未だ半分しか出来ていない。 5人の展示室が2005年の当初のままになっている。 いずれも近代画家で作品数も多く、今後の拡張工事は大変そう。

さらに、まだ4~5人ほどの画家がGallery化を待っている。 前途多難である。 無為庵主人が彼岸に行く時までに済ませることが出来るのか否か、微妙である。

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さて、前に蔵書管理ソフトについて書いたが、蔵書リスト登録が約一千二百冊あまりのところでストップ状態である。 登録のため、書棚から取り出している内に再読したい本が続々現れ、それらを読み始めたら、とても本の登録に手が回らない。

結構昔の本は表題を見ただけで内容、感想を思い出すのに、現役最後の十年前後に読んだ書籍は、中身が思い出せない。 どうも私が最も多忙だった時期に読んだ書物は、読んだつもりが、頭に入っていないらしい。 確かにこの頃はまともに読書時間を取ることが出来ず、読書したのは、出張のフライト中、車中、出張先のホテルでの細切れでしかなかった。 さらにこの頃の読書は今思えばストレス解消を兼ねたものであったから、文字を追っていただけだったのかも知れない。

おかげで、これから少なくとも先一年ぐらいはこれらの本を再読することになるから、しばらくは新たに書籍を購入する必要は大幅に減少しそうである。
2009年10月27日(火)
蔵書管理について

50歳代末にACCESSを使って蔵書管理データベースをつくり、既蔵書については入力が大変なので「いずれリタイア後にする」として、新規購入した書籍のみ購入時に入力し、約2千冊弱のデータベースができていた。(既蔵書はリタイア後入力するはずであったが、その気力が湧かないまま放置していたが)

ところが、2年前PCがクラッシュしたとき、OSの再インストール時オペミスをしてBackupファイルごと消失。 データは勿論のこと、フォーマットも消失。 あらためてフォーマットを新規作成して書籍データの再入力する気力がなく、放置してきた。 しかし、同じ書籍を二重買いをしていることが多々あることに最近気付いた。 

どうも、単に老人ボケのせいだけでもなく、書籍の整理に問題があることを発見。 なにしろ書斎が狭いため、やや奥行きのある書棚に書籍を二重に(前後に重ねて)収容している。 前面に収容した書籍は書名が見えるが、背後に収容した書籍は見えない。 複数巻の書籍や全集などは、上巻を前面に、下巻を背後に、また全集などは奇数巻を前面に、偶数巻は背面に収容することで、自分としてはなかなか効率的!と始めたのであるが、所詮単巻の書籍が多いため、見えなくなっている書籍が多くなっていた。 更にそういう風に収容しても入らなくなった書籍が床にうずたかく積まれ、その書名が見えなくなっているばかりか、積み上がった書籍のために、背面の書棚の書籍までが見えなくなっているという体たらくになっていた。 

そこで、やはり蔵書リストをつくらないとどうしようもないと再認識。 しかし、ACCESSでやる気力がないため、まず、ソフト探しを始めた。 各種各様のフリーの蔵書管理ソフトがネットにアップされていた。 いろいろダウンロードして試行してみた。
        “あった!、あった!”
素晴らしいのがあった。 EKAKINさんの『私本管理Plus』というフリー・ソフト。
なにしろ入力が《楽》なのだ。 ISBN番号を入力するだけで、Amazon のサイトにある書籍データを自動でダウンロードして、書名、著者名、翻訳者名、出版社、発刊日、頁数、定価、表紙画像、など必要十分なデータを書き込んでくれる。 
(ISBN番号とは書籍の裏表紙の価格表示の近辺に印刷されている“ISBN123-456-789012-3”とか言う10桁ないしは13桁の国際標準で決められた各書籍のユニーク番号。 英国で1970年頃開発されてISO化が行われ、日本では1981年より徐々に導入されたらしい。) 
国際標準となっているためAmazonで扱っている書籍は洋書データもちゃんとダウンロードできた。

ただ、1981年以前に出版された書籍にはISBN番号は付けられていないため、これらの書物は、原則として自分で入力しなければならない。 これはどうしようもない。
しかし、ISBN番号付与以前のものでも、Amazon で販売している書籍には、ASIN番号(「Amazon Standard Identification Number」の略で、Amazonグループが取り扱う、商品を識別する10桁の番号)が付られているため、一度Amazon で古本としてでも売られているか否かを確かめ、あれば、このASIN番号を入れてやれば、主たる書籍データを自動でダウンロード入力してくれる。

『私本管理Plus』は蔵書管理ソフトとして種々のカストマイズ機能があり、極めて使い易い。 ISBN番号が付いた書籍ばかりではあるが、数時間で200冊程度の入力が出来た。 これから少しずつ入力していくつもり。 蔵書の内、半分以上がISBN番号の付かない書籍ではないかと思われるが、少しずつ入力していけば、出来るかも知れない。  

2009年10月13日(火)
サイト更新とサイト訪問者の姿
ほぼ一ヶ月前にGallery - Ⅵに「ピラネージ」を開設後、Gallery - Ⅲの「ムンク」、Gallery - Ⅴの「イーヴリン・ド・モーガン」、「ガエターノ・プレヴィアーティ」に作品追加・更新を行った。

「ピラネージ」を掲載するに当たって、その作品を見ているといろいろ考えさせられる。 千年以上前の建築物が、《遺跡》として多量に残っているのは、石造だからである。 《遺跡》とはもう使われていないという意味である。 石造だから使われなくなっても一部崩壊しながらも残ってしまう。 ローマ帝国の宗教は多神教であったが、その神殿などは、キリスト教を受容したことで、使用されなくなっても《遺跡》として残ってしまう。
日本では、どうか?  《遺跡》と言われるものは墓所ぐらいしかない。 使われなくなった建造物は木造であるから、跡形もなくなくなってしまう。 神社仏閣はなんとか、その信仰が変容しながらも継続した故にいま残る。 
石を使うか、使わないかは、その立地する土地によるたまたまの違いで、建築物を造る民族の考え方の違いではない。 しかし、結果としてその民族の考え方、文化を規定してしまっているとも言える。 

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さて、このサイトは自分用に作っているとは言え、最近では多くの方が訪問して下さっている。 数ヶ月前に『Google Analytics』というサービスに加入してみた。(無料である) 企業サイト用の効率アップのために提供されるサービスで、そのサイトへのユーザー・アクセスを分析してくれるもので、面白い結果が得られた。(直近の三ヶ月の結果)

まず、私のサイトを訪問される方々の国籍別割合。 国内ユーザーさんが84%、他国が16%で、その国はなんと 44カ国に亘る。 中国:5.3%、米:1.9%、韓国:1.4%、台湾:1.0%、独:0.9%、あとは0.5%以下であるが、英、仏、スペイン、スイス、イタリア、ギリシャをはじめとするヨーロッパ諸国、ロシア、セルビア、ブルガリア、スロバキア、ウクライナ、などの東欧諸国、イラク、エジプト、トルコ、などの中近東、ブラジル、コスタリカ、コロンビア、ペルー、などの中南米諸国。 インターネットの広がり、検索機能の凄さ、ネット上での自動翻訳機能の充実、などを実感させる。 

この3ヶ月では、New Usuer が44%で、Return User さんが56%、とのこと。  さらには、直接アクセスされる方が、78%、Google 経由が3%、Yahoo 経由が2%、その他は私のサイトへリンクを張られているサイト経由で訪問されているようである。

また、アクセスされるユーザーさんのPC 環境まで分かる。 Windows:82%、Mac:17%、その他Linux など。 ブラウザでは、IE:66%、Firefox:17%、Safari:12%、Chrome:3%、その他Operaなど。
ディスプレイの解像度まで収集している。 1024 x 768 :24%、1280 x 1024 :16%、1280 x 800 :15%、1680 x 1050 :14%、1920 x 1080 :6%、である。 少ないが1920 x 1200 ユーザーさんが 3%もいらっしゃる。
その他、いろいろなデータを収集・分析してくれている。

以上。
2009年9月2日(水)
虚仮の一念
この八月は少しHP更新に深入りし過ぎた感じ。 数えてみたら、この一ヶ月 ドレ、デューラー、ワッツ、ルドン、ベックリンの5Gallery で1390画像をアップしたことになる。  私のHPにリンクされたある方のブログに“奇特の仕事”と書かれていたが、どうも最近は“虚仮の一念”でやっている。
(“虚仮も一心”ではない) 

以前は好きな作品だけ見て満足していたが、最近は画家その人に興味を持つようになってきたようで、その画家の全貌というか、次々に他の作品を見たくなってくる。
私の好きな画家・ムンクは、 「人生は、一つの感情や経験によって語ることはできず、時の巡りにしたがって出会う多くの要素から成り立つ。 そして、それを分かってもらうために、自分の作品は、まとめて一連のものとして展示して欲しい」と述べている。 まあ、ムンクだけとは限らないだろうから、いろいろな作品を集めてみることも、無意味ではないかも知れない。

他にどんな作品を描いたの? と、手元の画集、画譜には、載っていない絵を求めて、ネット上を彷徨う。 海外には結構膨大な絵画の画像データ・ベースがあり、使わせて貰っている。 その点、日本は すでにパブリック・ドメインに入っている作品でも、美術館、大学、などは極めてクローズ。 たまたまアップしていても、極めて小さい画像か、画質の悪い画像。 海外のデータ・ベースとは雲泥の差がある。 まあ、海外では文化は皆が享受すものとしてオープンだが、日本は違うよう。 

絵画は、本物を見るべし、と云われるが、出嫌いの私は最近では美術館にも行かなくなった。 特別展は、一般に混雑し、とてもじっくり見れる状況にないし、常設展示では限られた作品のみで、出掛ける意欲を失ってしまう。 邪道であろうが、やはり、この書斎で椅子に踏ん反りかえって、PCディスプレイ上で見るのが、私には向いているようだ。
2009年8月10日(月)
Gallery更新とサイトの状況
Gallery-Ⅲ、Ⅴの更新を、と言っていながら、GalleryーⅥの更新をしてしまう。 特に「ドレ」の銅版画集はいずれもスペース節約の為に、大幅に抜粋して掲載していたので、前々から追加したいと思っていたもの。 「デューラー」もついでに追加した。 
今まではスライド・ショー機能を付けていたが、これが全く使いにくいので削除。 スライド・ショーのスクリプトを多数アップして下さっている「みやけ工房」さんのサイトを時々チェックして探している。 使いやすいのを探し当てたが、スクリプトに書き込む画像の指定が結構大変そうなので、まだ使用するに到ってない。 少し落ち着いたら、挑戦してみるつもり。


さて、サイトへのアクセス状況であるが、4ヶ月振りに見ていると、下記のようにあまり変わっていない、と言うか、4,5月に比べると6,7月は若干減少気味。 


一日平均800~900 PageViews ってところ。

それでも、リンクされているサイト数は、また1000サイトほど増加している。
2009年8月4日(火)
Gallery更新

先月上旬、予定より2ヶ月余り遅れて、やっと懸案の「河鍋暁斎」の更新を終えた。 当初4月初めに5月末目処に完成させるつもりで準備に入った。 しかし、持病のための体調不良と、それ以上に読書に深入りし過ぎて倍の日数が掛かってしまった。

と言っても、体調不良はせいぜい半月分の遅れの理由にしかならず、大半は明らかに読書のせい。 「河鍋暁斎」の更新終了の勢いに乗って、Gallery-Ⅴの「トーマス・コール」、「フュズリ」、「アングル」の更新を行ったが、息切れ!!

だが、Gallery-Ⅲ、Gallery-Ⅴ とも、Sub-Galleryの1/3しか更新出来ていない。 いずれも、サーバー・スペースが限られていた頃で、多くても数十枚しかアップ出来なかったGalleryではあるが、厳密に作品を選択してアップしていなかったきらいがあり、早く更新したい気持ちがあるが、なかなか進まない。
その上、まだGalleryをオープンしたいと思いながら出来ていない画家が6~7人いる。

早く進めないと見る機会がないまま、あちらに行かなければならなくなるかも知れない。
読書を少し絞って、とは思うが、つい安易な読書に陥ってしまう。

2009年4月25日(土)
「ごろ寝マウス」
半年ほど前に目を悪くしたこともあって、「パソコンで古典を読む」として、ダウンロードした古典をディスプレイに大きめの文字で表示させて、椅子に踏ん反りかえって読み始めたことを書いた。 
ページ繰りはマウス、あるいはキーの押下ですみ、楽なこと限りなし、とは云え、やはり踏ん反りかえった姿勢ではあるが、少なくとも手を机の上のマウス、ないしはキーボードまで伸ばす必要があった。 

それで、かって現役の頃、ノート・パソコンに付いているタッチパッドを使うのが苦手であったため、海外出張でフライト中や、車の中、ホテルの小さい卓上など、マウスを置く場所がない状況でPCを容易に操作するため、マウス・パッド不要のマウスを使って重宝していたことを思い出した。 私の古巣の会社の子会社の製品であったが、あの頃でもあまり売れなかった上に、その会社は今はもう無くなってしまっている。 似たような製品があるのではと、ネットで探してみると、かなり異なった構造で、普通のマウスとほぼ同じ大きさものではあるが(前のは、携帯用に適した1/5 ぐらいの大きさだった)、やっと一つ使えそうなのが見つかった。
左のシグマA・P・Oシステムの「ごろ寝マウス」と云う製品。 トラックボール、右、左クリック、スクロールと機能的には一人前。 使い始めはなかなかうまくいかなかったが、馴れるとまあまあ使える。 言葉どうり、“踏ん反りかえって”操作できる状況になった。

そこで、普通のマウスと、このマウスを両方接続しておいて、 古典、文学を読んだり、HPの絵画を見たり、映画を見るときには、このごろ寝マウスを、一般的アプリ操作では普通のマウスを、という二本立てにした。 なかなか調子がよい。 
2009年4月4日(土)
HPについて

昨年12月2日に我がHPの管理データについて書いたが、4ヶ月経った状況をあらためて見てみた。 アクセスは増えている。 
左図はDaily Traffic で、前回はおよそ600 page view だったのが、700 page view 近くになっている。 Monthly Traffic は明らかに増加傾向にある。 

HP へ Link を張られているのも、前回は 5675 だったのが、右図のように、一割方増えている。 管理Data からLink 元を見てみると、海外の Site が以外に多い。 その中に インターネット辞典 Wikipedia(English) があり、このあたりがアクセスを増加させる原因になっているのかもしれないと思う。






さて、私はHPの更新をおよそ数週間の間隔でしているが、いつもこのHPをアクセスしてくれる我が中学/高校の友人は、結構な頻度でアクセスしてくれているらしい。 それで、我がHPのアップデートを通知するRSSを出すことにした。 
かってRSSは、Rss Readerを準備し、購読手続きをしなければならなかったが、ブログ各社が各ブログに自動的にRSSを発行するようになり、それに答えるように、最近公開された Internet Explorer 8 も「Web Slices」サービスという形で、RSS Reader機能を組み込む様になったため、Userが簡単に RSS を読めるようになった。 私のHPをアクセスされるUserさんにはあまり必要ないとは思うが、例のわが友人の手数を軽減するためとして、RSSを発行することにした次第である。

さらに、遊び心が昂じて、Favicon を付けることにした。 そう、ブラウザのURL Address 欄の先頭に付く小さなアイコンである。 また、Bookmark 欄、お気に入りリスト欄のサイト名の前に付く小さなアイコンである。 自分でアイコンを作ろうとしたが、16 x 16 ピクセル の大きさでは、なかなか見やすいアイコンが作れず、やむを得ず北米の Favicon Collection のサイトにあった Favicon をダウンロードしてHPに埋め込んだ。 似顔絵だが、私とは全く似ていない。 

2009年3月24日(火)
新しき我が伴侶

先日、もう7年近く連れ添ってきた我が相方のデスクトップPCが老齢化のため亡くなった。 
かってCD/DVDドライブが半身不随となり(読み取りはできるが、書き込みができない)、外付けドライブで支援してきた。 最近は認知症が重度になり(内蔵HDの寿命)起動ができなくなったりしていた。 また種々のフリー・ソフトなどを多量にインストールしていることもあって、時々フリーズしたり、動作が極めて緩慢になったり、していた。 いろいろなユティリティ・ソフトを入れて、健康の維持に努めてきたが、かえってその一部のソフトが害をなしているようでもあった。 今まで何回ともなくWindow再インストールという大手術もしてきたが、ご老体には限界にきていたらしい。 ご老体に感謝、 哀悼!!
(何とか次期Windows 7が発売される来年一月までもって欲しいと願っていたが、無理だった。)

今までは、私の古巣の会社の製品を使ってきたが、今回は外資系のメーカーのPCを購入することにした。 比較的自由に機器の構成を選べること、組み込みアプリ・ソフトが付かないので安価、且つ削除の手数が掛からないこと、そして顧客サービスの評判が良好なこと、などが選定理由である。

ただ、相方の永眠のショックで急いで発注したため、発注の翌る日、構成変更を依頼せざるを得なくなった。 カスタマー・センターへ電話すると、対応はすべて中国人女性。 ハード製造は中国であることは分かっていたが、すべて中国でやっているらしい。 その会話のやりとりで少し心配にはなったが、親切かつ迅速な対応。 また、数日後、別オーダーとして追加発注もしたが、対応が的確。 Web上でのフォローも良い。 ただ、OSとして、Vistaはスキップしたかったので、XPが欲しかったが、かえって高価になるので、Vista Version を発注した。

特急配達料金を払っていたこともあって、一週間で配達された。 

XPからVistaへの基盤変更に伴う操作環境の変化への対応の大変さは覚悟していたが、これはなんとか克服。 まあ、OSとしては長く付き合ってきたXPの方が好ましいが、1年足
らずで出る Window 7への事前勉強をかねて、しばらくお付き合いすることにした。 付き合いきれなくなったら、一応XPも準備してあるので、XPとの復縁をはかるつもり。

7年近く経っているので、ハードウエアの進歩は著しい。 かってストレスを感じていた画像処理などすいすいいく。 この性能でこの価格では、部品メーカー、システム・メーカーとも大変だろう、心から同情する。

機器到着後3日掛かって、フリーソフト、シェアソフト、市販ソフトを60本ほどインストールして、なんとか以前の状態に近くなった。 ただ、外部HDにバックアップしていたデータの復元操作を誤まり、一部のデータ・ファイルを消してしまうミスをやってしまう。 まさに覆水盆に返らず。 老人ボケと諦める。

これから助走しながら、HP更新を再開する予定。  

2009年1月31日(土)
Gallery更新

GalleryーⅣ「月岡芳年」の作品追加、更新をとりあえず完了した
追加を準備し始めたときは、こんな規模にする積もりはなかったが、画像を整理している内に、あれもこれも入れたくなり、どんどん膨らんでしまった。 ただ、追加作品として肉筆画も入れたいと準備したのだが、どうしても良質の画像ができず、今回のUpdateでは見送らざろう得なかった。
 

芳年の作品を準備していて、あらためて幕末・維新の頃の浮世絵、錦絵は、いわゆる《美術》って類のものではなく、今のTV、新聞、雑誌、週刊誌、などのマスコミに相当する唯一のメディアとして、広く庶民に受け入れられたものだったと納得した。 しかし、芳年をはじめ、あの頃の浮世絵師はよく勉強していると感心する。 画題に関係する情報は、当世なら、書籍ででも、ネットででも容易に入手できるから、なんとでもなるが、あの時代、文学、歴史、時代考証、etc. は勿論、社会の動静、うわさなど、どうやって調べていたのか、さぞ大変だったろうと思う。

こんなことを考えながら、画像を整理していると全く飽きない。

なにしろ、幕末から明治に掛けての画家は面白い。 絵金、暁斎、そして芳年。 この三人は顔を合わせてはいないようだが師匠を通じて繋がっている。 暁斎は1837年国芳の門下に入り、修行したが、父の意向で、国芳のもとを去らされ、4年後に狩野派に入門している。 芳年はその十数年後に国芳の画塾に入門している。 一方、暁斎が弟子入りした狩野派の前村洞和及び狩野洞白には、その3年ほど前に、絵金が弟子として修行していた。 

「絵金」、「芳年」の第一次アップデートはまずはできたが、難物は「暁斎」のアップデート。 前々から、画譜、文献を追加購入したりしているが、その仕事の幅、スケールの大きさ、から簡単には整理できない。 しばらくは、他のGalleryのアップデート、などをしながら、年末までには実現したいと思っている。


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