Gallery-Ⅰ
1.碑帖・法帖の魅力
2.碑帖・法帖とは
2.1 書の歴史概観
2.2 碑帖
2.3 法帖
3.碑帖
李固残碑
孟琁殘碑
乙瑛碑
礼器碑
張景土牛碑
西嶽華山廟碑
鮮于璜碑
史晨碑
熹平石経 周易
熹平石経
曹全碑
北海太守為盧氏婦刻石
袁博残碑
朝侯小子等字残碑
営陵置社碑
曹眞殘碑
王基殘碑
菅氏夫人墓碑
皇帝三臨辟雍碑
始平公造像記
魏霊蔵薛法紹造像記
元羽墓誌
元楨墓誌銘
元顕儁墓誌銘
崔敬邕墓誌銘
元珽妻穆玉容墓誌銘
司馬昞墓誌銘
帝嬪司馬顕姿墓誌銘
元祏妃常季繁墓誌
元文墓誌
馮邕妻元氏墓誌
美人董氏墓誌
馬穉及夫人張氏墓誌
孟顯達碑
蘇孝慈墓誌
太僕卿元公墓誌銘
元公夫人姫氏墓誌銘
龍華寺碑
孔子廟堂碑
九成宮醴泉銘
孟法師碑
雁塔聖教序
石台孝経
郭氏家廟碑
多宝塔碑
麻姑山仙壇記
顔勤礼碑
顔氏家廟碑
玄秘塔碑
神策軍紀聖徳碑
宸奎閣碑
4.法帖
5.関連リンク
王基殘碑
1.碑石
建碑:魏・景元元年(261年)
但し、完成した碑ではなく、刻石が中断された未完の墓碑
王基は字は伯輿、東萊・曲城の人、郎中の後、諸官を歴任し、
最後は征東将軍・東武侯。 死後司空を追贈され、諡を景侯という。
碑形:碑文は、碑の中段のみ刻され、上、下段に夫々7,8字の空白
があると言われる。
この頃の碑は、無地の碑を建て、その後朱をもって碑文が書かれる。
ついで石工がこれを刻る。このとき、中段を最初に、下段を次に、
最後に上段を刻したものらしい。
一般に埋葬の年月をもって立碑の時とするが、数年してからが多いらしい。
王基が卒した景元2年(261年)より四年後、晋の武帝が禅譲をうけて、
魏が滅ぶ。このような背景で、中断したらしい。
出土:清・乾隆初年 洛陽で出土。
2.整拓本
3.碑帖