王基殘碑


1.碑石

     
     建碑:魏・景元元年(261年)
         但し、完成した碑ではなく、刻石が中断された未完の墓碑
         王基は字は伯輿、東萊・曲城の人、郎中の後、諸官を歴任し、
         最後は征東将軍・東武侯。 死後司空を追贈され、諡を景侯という。
     碑形:碑文は、碑の中段のみ刻され、上、下段に夫々7,8字の空白
         があると言われる。
         この頃の碑は、無地の碑を建て、その後朱をもって碑文が書かれる。
         ついで石工がこれを刻る。このとき、中段を最初に、下段を次に、
         最後に上段を刻したものらしい。
         一般に埋葬の年月をもって立碑の時とするが、数年してからが多いらしい。
         王基が卒した景元2年(261年)より四年後、晋の武帝が禅譲をうけて、
         魏が滅ぶ。このような背景で、中断したらしい。
     出土:清・乾隆初年 洛陽で出土。


2.整拓本



3.碑帖