王羲之

307?〜365? 中国、東晋の書家。字(あざな)は逸少。山東省瑯邪臨沂(ろうやりんぎ)の人。生没年には諸説ある。父の王曠は、異民族におわれて江南にうつった東晋王朝建国の功臣、王導の従弟(いとこ)にあたる。名流の子としてわかくからその才能をあらわし、征西将軍府参軍、寧遠将軍、江州刺史などを歴任した。のちに右軍(ゆうぐん)将軍、会稽内史となり、引退後も会稽(現、紹興)で余生をおくった。官名から王右軍とよばれる。

幼少から書を得意とし、漢代から三国時代にいたる書を大成して、その後の書道の基礎をつくった。彼の書は生前から名声が高く、収集の対象となっていたため、専門の贋(がん)作者もいたほどである。その真蹟はすべてうしなわれてしまったが、「喪乱帖(そうらんじょう)」「孔侍中帖(こうじちゅうじょう)」はともに古くから日本につたわるすぐれた模本で、彼の筆勢をよくつたえている。

「十七帖」は唐の太宗が収集していた王羲之書蹟のうちの名品を翻刻したもので、太宗が開設した弘文館の学生の手本としたものである。もっとも名高い「蘭亭序(らんていじょ)」は彼が会稽の蘭亭で修禊(しゅうけい)の宴を開き、そのときの詩文の序をその場で書きあげたもので、行書の典型である。唐の太宗はこれをことのほかいつくしみ、その陵墓に副葬させたため、真蹟はつたわらないが、唐代の能書による模本がつくられ、また無数の翻刻もなされた。今日にいたるまで彼は「書聖」とよばれ、その書は楷行草にわたり古典的な規範として尊重されている

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