皇帝三臨辟雍碑


1.碑石

    
    立碑:西晋・咸寧4年(278年)
    碑名:「大晋龍興皇帝 三臨辟雍 皇大子又再莅之 盛徳隆熙之頌」
    碑文:龍興皇帝即ち晋の世祖武帝が文教を重んじて三度、
        その子、惠帝も皇太子の時に二度、辟雍(太学)に臨幸したこと
        を讃えている。
        臨幸は三国時代の動乱を一掃せんとする晋の権威を宣揚する
        ための文教政策として行われたものらしいが、武帝は歴代の
        君主の中でも淫蕩な君主として有名で、後宮の女は一万人に
        達したと云う。
    出土:近年、洛陽で発掘

    洛陽博物館にある。

2.整拓本




3.碑帖